2019年 3月

演劇の新作は実際に観てみるまで、内容が分からない場合が多い。本作は、岩松了作品に、森田剛が主演をするという情報だけで、チケットを購入することになる。チラシにシノプシスが掲載されている場合もあるが、実際にチラシを手に取るのは、チケットの先行販売の後になる場合が多い。やはり演劇は、趣向性の高いジャンルなのだと感じ入る。

作・演出、主演者、作品タイトルからイメージをしていた内容とは違ったのはサプライズだ。どうやら内戦中である日本の、反政府軍のアジトとなる人里離れた廃校が作品の舞台となる。

戦況は反政府軍にとっては厳しく、今や廃校に残っているのは7人までに減っていた。また、地下牢には捕虜もいるようだ。緊張感が漂う中にも、緩やかな空気感も流れており、残っている者たちは臨戦態勢というよりは、過ぎ行く日々を流れるままに過ごしているかのようにも思える。

いざという時のために保険に入っておいた方がいいと薦める保険外交員の女性や、立て籠もる息子を心配する母親などの闖入者も現れる。人里離れたアジトによくやってきたなと思うと同時に、何か来訪の意図があるのではないかという疑心案義の思いも頭をもたげてくる。

外の様子が分からない立て籠もる者たちの意識の中にも、少しづつ綻びが生じ始める。恋愛関係や過去の人間関係なども浮き彫りにさせていきながら、誰が誰を本当に信じて慕っているのか否か、表裏の顔がそこはかとなく染み出してくることになる。

世界で起こっていることを人づてでしか知るすべがなく、小集団の中だけで完結しているステージは、今、私たちが生きる現実世界とオーバーラップして見えてくるようだ。

森田剛の丁寧な感情表現が、作品全体に繊細さを拡散させていく。一見、ぶっきらぼうのようにも見えるのだが、氏はどの作品を観ても、実にしなやかで優しい繊細さを放っている。物語の概略だけをなぞることなく、俳優陣の皆が、岩松了の世界に仕込まれた感情を掬い取り叩き付け合っていく。森田剛はその中心に屹立し、作品を牽引していく。

「空ばかりみていた」というタイトルが実に象徴的だ。外に広がる世界、希求とも憧憬とも諦めとも思える感情が綯い交ぜになっているような気がする。此の地にしっかりと足を踏ん張って、何が起ころうとも生きていくのだという意思にようにも感じる。

簡単に物事は解決しない、理由は一つではない、人間感情は矛盾に満ち溢れているというはっきりする訳のない世の中を可視化し、安全地帯に安住しようとする観客をアジテートする腹に食い込むような作品であった。

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