2013年「唐版 滝の白糸」に窪田正孝がキャスティングされた時は、あまり存じあげなかったのだが、7年経った今、若手俳優の中でもイキの良い存在となっているのは蜷川幸雄に先見の明があったということなのだろうか。
2016年に上演された「ビニールの城」は、蜷川幸雄の遺志を受け継いだ金守珍が演出を担当し、見事にその大役を果たすことになったが、その時から3年を経て、再度、シアターコクーンにて唐十郎作品を上演するのは、何とも感慨深いものがある。窪田正孝は「唐版 滝の白糸」以来の舞台出演になるのだという。
演目は唐十郎戯曲の傑作と言われている「唐版 風の又三郎」。1974年に状況劇場公演で初演された作品である。代々木月光町にふらりと迷い込んだ窪田正孝演じる織部の前に、柚希礼音演じる少年が舞い降りてくる。織部は少年を自らが憧憬する「風の又三郎」に出会えたと嬉々とする。
冒頭より外連味ある様々な仕掛けが施されていて、グッと舞台に前のめりになっていく。蜷川幸雄亡き後、視覚的にビックリとさせられる趣向を凝らす演出家が少なくなってしまったので、この金守珍の手綱捌きには驚かせられるし、何とも楽しいワクワク感に満ちたエンタテイメントとしても成立させている。ある種、黄泉の国における戯言のような其処此処の地平が曖昧な物語が、力強く立ち上がっていく。
美術と衣装を宇野亜喜良が務めているのも嬉しい限り。唐十郎の血脈を戯曲の奥底から吸い上げ、作品として立ち上げていくのに大いに貢献していると思う。アングラの色香をほのかに残しながらも、氏独自のシュールな感覚もアクセントとして配されているのが特徴だ。
舞台経験は少ないというが、窪田正孝がまるで詩のような唐十郎の台詞に血肉を吹き込み活き活きと作品の中を泳ぎ回る様には、観る者もついついエンパワーされてしまう。台詞廻しも明晰で、言葉を観客にダイレクトに響かせながらも、鏡の中に入ってしまったオルフェのごとく哀惜を感じさせる重層的な奥深さで、織部という人間が抱く真実の姿を浮き彫りにさせていく。
柚希礼音は織部に又三郎と慕われながらも、宇都宮から流れてきたエリカという役どころで、空に消えた恋人の面影を追っているようなのだ。回りの状況により、どのような人間であるのかが一瞬にして変化する難役であるが、宝塚で培ったスキルのベースが大いに活きていると思う。一人の女の中にある様々な側面が時に優しく、時に力強く染み出て、見惚れ、そして絆されていく気がする。
石井愃一、金守珍、六平直政という、唐戯曲も蜷川演出も経験してきた面々が、嬉々として作品に猥雑さを付加し、山崎銀之丞や風間杜夫といったベテランも脇からしっかりと物語を支えている。
オーラスのダイナミックな演出もワクワクとしてしまう。織部とエリカは一体これから何処に向かおうとしているのか。それは、ある種の希望にも似た、幸福を希求する旅の始まりなのかもしれない。唐戯曲を壮大なエンタテイメントとして成立させることができた幸福な作品に仕上がった。
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