2018年 5月

今春、フランシス・マクドーマンドにアカデミー最優秀主演女優賞をもたらせた映画「スリー・ビルボード」の監督、脚本を担当したマーティン・マクドナーが2015年に発表した最新戯曲が同作「ハングマン」。「スリー・ビルボード」の余韻も冷めやらぬタイミングでマーティン・マクドナーの作品に触れられることにワクワクしながら劇場へと足を運ぶことになる。

演出は、かつてマーティン・マクドナー作品を手掛けたことがある長塚圭史。本作では、出演もするんですね。実力派の猛者が居並ぶキャスティングにも期待が大いに高まっていく。

「ハングマン」とは、絞首刑執行人のこと。1963年のイングランドの死刑執行の場がプロローグとなり、その2年後の1965年、絞首刑が廃止された日から物語はスタートしていく。絞首刑執行人であったハリーとその妻が営むパブが本作の舞台となっていく。その夫婦を、田中哲司と秋山菜津子が演じていく。パブにたむろする常連客たちの、他愛もない馬鹿話が何とも緩い雰囲気を醸し出す。

そんなローカルなスポットに、大東駿介演じる一人の若い部外者の男ムーニーが訪れることから、物語はざわつき始める。そして翌朝、このパブの2階の空き部屋を借りたいとムーニーが再度やってくる。何とも怪しい、何か裏があるに違いないという予感がアタマをかすめていく。

普通の展開であれば、ムーニーの本性が暴かれ、パブの人々と対峙していくのかと思いきや、ムーニーが夫婦の娘をこっそりと誘うという横軸が差し込まれ、不穏な空気が更に増していく。ムーニーはどうやら殺人にも手を染めていたらしいという情報も盛り込まれていく。そして、謎のムーニーの側にも照準が合わせられていく。

物語が進んでいくに従いどんどんと状況が錯綜し、もう舞台から目を離すことが出来なくなっていく。人間の隠された見えない部分を、あらゆる方向から多面的に徐々に抉り出していく。これが、マーティン・マクドナーの醍醐味だ!と惹起する。

「スリー・ビルボード」もそうであったが、こうであったと思っていた人間の性質が、実は全く違った、あるいは正反対の要素を抱合しており、悪とも善とも判然とさせることが出来ないボーダーラインを縫っていくようなサスペンスフルな展開が連打されていくのが実に面白い。

人間の機微を描くというラインを大いに逸脱し、物語は殺傷沙汰の域にまで軽々とヒートアップしていく。ただ、ステロタイプな悪漢はそこには存在しない。故に、想像通りの展開を示すことはない。長塚圭史は、テンポ良く、実力派俳優が内包する資質を最大限に引き出し、融合させ、見事な化学反応を起こさせることに成功した。

こんな結末、ありなのかと心の中で突っ込みを入れつつも、そのあまりにも素っ頓狂とも言える光景に笑いさえ浮かべてしまう。優れた戯曲を、精緻な演出と秀逸な役者の演技で堪能出来る、演劇の醍醐味をたっぷりと味合わせてくれる秀作だと思う。映画にしても面白いのではとも感じ入る。

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