2003年のトニー賞作品賞と助演男優賞受賞作である。アメリカのメジャーリーグのロッカールームが舞台であるという程度の事前情報を持って、初めて訪問するDDD 青山クロスシアターへと向かった。元青山劇場脇の道沿いの地下に同劇場は位置している。劇場へと降りる階段はなかなかお洒落なアプローチだ。
フリースペースであろう劇場は、フロアのセンターにアクティング・エリアが設けられ、その両サイドに観客席が据えられているという造りだ。客入れ時には、アクティング・エリアの周囲には金網が張り巡らされているが、可動式なため、芝居中にも効果的に出し入れされ使用されることになる。
両サイドの観客席に視認出来るようモニターが設えられ、そこではチームのメンバーの紹介が英語でアナウンスされていく。思わずアメリカのスタジアムにでも居るような感覚に襲われていく。観る前から期待感を煽る仕掛けが色々と成されており、ライブの醍醐味が芝居が始まる前から享受出来、ワクワク感が高まっていく。
かなり冒頭のシーンで、同球団のスター選手であるダレンが、ゲイであることを告白することから物語は変転を繰り返し始める。ロッカールームでの男たちの四方屋話が展開していくのかと思いきや、人間感情のシリアスな領域へと筆致は踏み込んでいく。
男という生き物が持つ、様々なエゴやアイデンティティが擦り合い、ぶつかり合う。男たちの暗部が抉り出され、開陳される。その生々しい生き様が、グイグイと観る者に迫ってくる。そのヒリヒリとした感覚は、様々に挟み込まれるエピソードと相まって、男たちが繕っている体裁を見事に剝ぎ取っていく。その様が、何ともスペクタクルなのだ。
「take me out the ball game」の楽曲が流れると、メジャーリーグの雰囲気がグッと強調される。そういった雰囲気の醸成の仕方も上手いが、転換するシーンのセットがキビキビと差し替えられる運びがスムーズで、物語にスピーディーな勢いを付与する演出にキレがある。
ゲイを告白するダレンの章平は物語の核に立ち、誰の言動にも揺るがぬ存在をクッキリと作品に刻印する。変にゲイのニュアンスを装うことなく、毅然とした態度を貫く様が清々しい。そんな彼を容認するキッピーの味方良介の細やかな感情表現が、ほのかな優しさを作品に滲ませる。ムードメーカーなような佇まいに、妙な安定感がある。
タレントとしてだけの認識だった栗原類が、実に印象的な好演を示したのには驚いた。チームに新たに参入する天才投手シェーンは、決して幸福とはいえない生い立ちを背負っていることが次第に分かってくる。露骨にゲイを毛嫌いするのも、所以があってのことなのだが、あることをきっかけに感情を爆発させる瞬間には目が釘付けになった。
会計士のメイソンを良知真次が演じる。ゲイの資質を隠すことなくクライアントのダレンへの恋慕も忍ばせながら、物語をナビゲートするロールを担っていく。深刻になりがちなエピソードに氏の華やかな資質が放出され、温かなアクセントを付与していく。
多和田秀弥が持つある種の堅甲さ、小柳心のおおらかな柔らかさ、渋谷謙人が内包する屈折感、吉田健悟が孕むアクの強さ、Spiが醸す大きな包容力、竪山隼太の生真面目な実直さ、田中茂弘が積み重ねてきた年輪など、男優陣のキャラクターが誰一人としてダブることなく、個性を全面的に活かしきった演出と、それに応えた役者の力量が開花し見事である。
芝居は旬な役者を観て楽しむものなのだというシンプルな思いを充足させる秀作であった。人と人とは違うのだということをストレートに叩き付けられるが、そんな厄介なリアルが何とも愛おしく感じてしまう。自分にとって大切なものとは一体何なのであるのかということを省みる、刺激的な時を過ごすが出来たと思う。
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