1980年に上映されたイタリア=フランス合作映画「パッション・ダモーレ」を原典とした本作「パッション」は、1994年にブロードウェイで初演を迎えている。実はこの「パッション」、とても観たい演目だった。“あの”物語を一体どのように万人受けするミュージカルに仕立て上げたのか興味津々であり、しかも手掛けたのは、スティーブン・ソンドハイムだというのがその理由である。そして、トニー賞4部門受賞という栄誉まで奪取したとくれば、期待が高まらないわけがない。日本、初上演である。
そのストーリーなのだが、かなり辛辣な展開を示していく。人妻ではあるが美しい恋人を持つ美男将校が、赴任滞在先で病を患った醜女と出会い、その醜女に猛烈なアプローチを仕掛けられるというのが物語の主軸である。映画ではホラーの様相さえ呈していたと記憶しているが、本作では登場人物や状況の奇異さに偏り過ぎることなく、人々の心の奥底からピュアな真情を掴み出し、美しいメロディと融合させることで、純愛を浮かび上がらせていく。
ブロードウェイ版は未見だが、本作では醜女のフォスカをシルビア・グラブが演じることで容姿の美醜が強調されることなく、病気がちでネガティブなのだが愛には一途な女を造形する。しかし、フォスカの一方的過ぎる思いは、今でいうストーカーそのものだ。その、まさに強烈な「パッション」に観客席からも時折失笑が洩れていくが、次第にそのストレートな思いに、観る者の気持ちがほだされていくのだ。シルビア・グラブはこの難役を生々しく活き活きと造形した。
美男将校ジョルジオは井上芳雄が演じ、まさにぴったりのはまり役だ。当初は執拗に迫ってくるフォスカへの嫌悪感も露わに、音美桜が演じる人妻クララとの逢瀬を享受している。しかし、クララが今ある家庭を壊すつもりがない心情などが物語の展開と共に差し込まれていくと共にジョルジオの気持ちは徐々に離れ、フォスカへと傾いていく男の真情をナチュラルに表現し説得力がある。
人妻クララは音美桜が担い、美しく、可憐な女性を造形するが、夫と子どもを捨て駆け落ちするつもりなど毛頭ないという姿勢を明確に示し、女性の揺るがぬ強靭さを刻印する。クララのこの一見“陽”の存在感があるからこそ、“陰”のフォスカがクッキリと浮き上がってくる。
感情が行き交う男女3人の鞘当てを、宮田慶子の演出は、観る者に分かりやすい手捌きで具現化していく。カリカチュアとリアルとの丁度中間にストンと腑に落ちる地点にポイントを据え、作品の本質に迫っていくことに成功していると思う。舞台転換の節目に将校たちの行進を挟み込んだり、違う空間を同時に存在させたりする、人や空間の駆使の仕方も面白い。
スティーブン・ソンドハイムは、ステージの上で生きる人物たちの感情を見事に楽曲に集約させていく。歌を謳い上げていくというよりも、切なる思いを吐露していると感じるため、突然歌いだすというミュージカルの違和感は皆無であり、あくまでもそこで展開されるのは人間のドラマなのだと感じ入る。音楽監督の島健、指揮者の小林恵子や演奏家の方々が、スティーブン・ソンドハイムの世界を確かな技術で表現し、作品のクオリティを引き上げる。
演劇を鑑賞する際に、一番楽しみにしていることは、その舞台にどのような“驚き”を与えてくれるかということである。その点に於いて言えば、本作は既成概念を覆しながらも決して嫌な気持ちにならず、男女の諍い事を純愛に昇華させることで観客のテンションも満足させるという難技をやってのけた。
スティーブン・ソンドハイムが創造した感情が複雑に絡み合うドラマ・ミュージカルを、的確に具現化し感動作として仕上げられた逸品である。この話、クセになりそうである。再演も期待したい。
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