大竹しのぶという女優をあらゆる角度からたっぷりと堪能できる、まさに大竹しのぶオンステージの仕上がりになっていると思う。初演時に大絶賛を浴びた本作であるが、今回の再演にして既に、ロングラン作品だけが持ち得る、揺ぎ無い安定感を獲得し得ている。
ピアフが路上で歌いながら食い繋いでいた時代から、ナイトクラブのオーナーに見出されてメキメキと頭角を現し、スターダムの階段を駆け上っていく様相を一気呵成に見せていく。そこではピアフの奔放で我が儘な態度を活写しつつも、実は脆いハートを併せ持つ繊細な側面もきっちりちと表現され、心の奥底に蠢く渇望が、愛を追い求め、愛に生きる心情に連結していくピアフの想いを描き心を打つ。
若い頃であろうが、年齢を経ていこうが、変に経年変化をメイクなどで施すことなく、勿論、老齢になってからは車椅子に乗り、動きは緩慢になるのだが、ピアフという女性を大竹しのぶは内面から抉り取っていくため、年齢や時代背景などよりも懸命に生きる人間そのものの生き様が前面に表出し圧巻だ。
また、大竹しのぶは全編にわたり往年の名曲を歌い上げていくのだが、その歌声にも人生の悲哀を忍ばせ、演じることと相まって、愛と歌に生きたピアフという女性を多面的に捉え表現していく。そこに立つのは、ピアフ以外の何者でもないという存在感を示していく。
若い頃からのピアフの相棒的な存在・トワーヌを演じる梅沢昌代も強烈な印象を残す。女同士、ピアフとの本音が言い合えるさばけた会話の中に、普段は決して顔を出すことのない二人の優しさが染み出てくる。若い頃から若くは見えないのだが、そんなことはあまり気にならない。大竹しのぶとの喧々諤々のキャッチボールに身を任せているだけで心地良い。
マレーネ・ディートリッヒと秘書マドレーヌを演じる彩輝なおは、それぞれの役柄をクッキリと際立たせていく。表層を造り込みながら内面を構築していくのであろうか、表裏の裏の部分もある意味、表側のような表現で明確に演じられるため、心の内に蓄積された真情を垣間見るというような心の振れ幅があまり感じられない。ある意味、役柄をカリカチュアライズしているとも言える。
辻萬長が男優陣の中で一際個性を放つ。ピアフを最初に見出すナイトクラブのオーナーを演じて物語の冒頭をキリリと締める。畠中洋が演じるマネジャーも、永年に渡りピアフを支える続ける忠誠とシニカルな側面とを両立させ人物に厚みを与えていく。
他の男優陣なのだが、イブ・モンタンを演じる藤岡正明やシャルル・アズナブールを演じる小西遼生には、後に大物になる歌手の際立った個性をもう少し感じさせて欲しい。碓井将大や谷田歩は薄味の存在感で、横田栄司は、蜷川芝居で魅せるパッションの迸りがあまり感じられず、マルセル・セルダンという枠の中にちんまりと納まってしまっている気がした。また、身体がボクサーに見えないという点も挙げておきたい。
一切の外連味ある手法は使わず、徹底して演者を全面に立たせる演出は、大竹しのぶをはじめとする役者たちの演技をタップリと堪能出来るという点に於いて満足度の高い作品に仕上げており上手いと感じた。但し、これはある意味見せ場だと思うのだが、ラストシーンで花片が天上から降ってくるのだが、それが何故か数枚なのだ。これは一体何の効果なのかが良く分からない。それとも何かのアクシデント?
魂で演じる大竹しのぶの魅力がたっぷりと堪能できる作品であった。キャストの個性のバランスなども加味しながら、繰り返し上演していって欲しい演目だと思う。
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