エンディング。ドロシーが靴の踵を3回鳴らし、オズの国から故郷へと一気に舞い戻り、家族と再会する光景を観て、感動が脳を経由せず、瞬間的に涙腺が緩み涙している自分に驚いた。理屈ではなく、五感がやられる面白さ。観客が喜ぶエンタテイメント創りに徹するプロが集結し、それを束ねる宮本亜門の手綱さばきも絶好調に、2012年日本版「ウィズ」は、子どもから大人までが楽しめる快作に仕上がった。
70年代の「ウィズ」の初演当時、黒人による黒人のためのミュージカルを創り上演するということは、かなりのセンセーショナルな出来事であったに違いない。ライマン・フランク・ボームの「オズの魔法使い」に黒人たちのスピリットを重ね合わせ、「自分たちの手で未来を変える」と謳い上げたその意気が、作品にグッと凝縮されている。しかし、決して苦難の歴史を語るということではなく、まるで礼拝時のゴスペルの様に、皆がそれぞれの思いを高らかに歌い上げ爆発させるという、パワー全開のエンタテイメントとして仕立て上げられているのだ。
2012年、日本は様々な問題を孕んだ時代を迎えている。そうした悶々とした空気感を抱え込む時代に風穴を開けようという意気と、本作「ウィズ」のスピリットがピタリと符号し、観る者の心にストンと腑に落ちていく。今、本作を上演する意義が、ヒシヒシと感じられるのだ。
2012年の日本で本作を上演するにあたり、宮本亜門が仕組んだ戦略は、異能の人々の抜擢にあった。ミュージカルの肝である音楽は、Nao’ymtの才によって、数々の名曲が現代にピッタリと呼応する楽曲として甦った。森雪乃丞の訳詞も心地良い。
ヴィジュアル面を監修するのは、増田セバスチャン。“kawaii”カルチャーの第一人者として、きゃりーぱみゅぱみゅのライブツアーの美術や演出などを手掛けてきた旬な御仁だ。舞台は、華やかな色彩に、可愛いらしい気ぐるみ、オリジナリティある造形物などが賑々しく揃い異彩を放つ。しかし、創り手の立ち位置目線というか、造形物のスケール感が、やや、スモールになってしまっている感が否めないシーンがあったと思う。デカイ舞台が埋めきれない空間が、時折存在していたと感じた。
衣装の岩谷俊和はDORESS33を率いる旬のデザイナーであるが、それぞれの役柄にマッチしたコスチューム造形が施されたクリエーションが、見事に「ウィズ」の世界と呼応し、現代に通じるセンスで作品にファンタジーとリアリティーを付加している。
演技陣もまた、スター性に満ち溢れた個性満開の俳優陣が居並び、自身の才能を直球で投掛けて来るパワーが圧巻だ。オーディションを勝ち抜いたAKB48の増田有華の歌唱力とキレのいいダンスには目を見張るものがある。今後、ミュージカル畑でも活躍出来る程の才能に満ち溢れていると思う。ISSAがかかしを演じているが、さすが華のある存在感で作品をグイグイと牽引していく。ブリキ男は良知真次が演じるが、心を持たないブリキ男の心情を説得力を持って演じていく。エハラマサヒロは伸びやかな歌唱力を武器にコミカルな側面も押し出しながら、ライオンを楽しく演じている。
森公美子の存在感が圧倒的だ。登場するだけで、その場を森公美子ワールドに一変させてしまうようなオーラが全開で、しかも楽しい。小柳ゆきの清廉さ、瀬戸カトリーヌのパキパキとした愛らしさ、ジョンテ・モーニングのダンス! 吉田メタルの狡猾さ、陣内孝則の貫禄と悲哀などが絶妙にブレンドされ、濃厚な味わいが融合していく。
宮本亜門は、スタッフやキャストを決して固定させることなく、作品ごとにピッタリと合った人材を起用するプロデュース能力に長けた演出家である。そのため、絶えず、観客にどう楽しんで観てもらえるのかという意識を持って、常に革新的に様々なコラボレーションを継続し続けている、その想いが、本作では見事開花したといえるのではないか。変に教条的に陥ることなく、子どもから大人までもが楽しめるエンタテイメントとして秀逸な出来映えであると思う。
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