まず、三谷幸喜作品は、開演直前の注意事項をインフォメーションするところから、心を和ませてくれる。三谷幸喜自身が、アナウンスをするのだ。携帯やアラームの電源を切ってくれ、と言った後、開演までにしばし気まずい間があるのって、嫌やですよね、みたいな、観客の状況とシンクロした案内というより、トークですよね、を繰り広げていく。
出演者に対するコメントも差し挟んでいく。「風のガーデン」とは、全く違う3枚目の中井貴一をお見せするとか、戸田恵子が最近出したCDのPRまでしていく。それで、何となく、芝居のイントロのようなことに内容が振られていく。音楽演奏者4名が位置に付いたところで、それまで、タイトルが書かれた大きなビルボードのような壁が左右に開くと、2つのベッドが並ぶ、ベッドルームが現れるという展開だ。舞台には、既に、中井貴一が板に着き、奥の扉から、戸田恵子が入ってくる。どうやら、離婚するための荷物の運び出しも、ようやっと終盤にきた、という感じの状態から物語は始まっていく。
約30年に渡る夫婦の物語である。出会った直後くらいから、30年を経て、離婚に至るまでの間の様々なエピソードが綴られていく。しかし、必ずしも時系列にストーリーは語られるわけではない。「眠れない」とか「一番楽しかった頃」と言ったようなワードを頼りに、舞台は一気に時空を超え、その“時”へと場を移行させていくのだ。敢えてその都度、若返ったり、老けたりの外見的な風貌の変化は付けないので、逆に、その時々の夫婦のスピリットが上手く浮かび上がってくる構図である。勿論、演技的には、ベテランのおふたりである。微妙な言い廻しや仕草で、スッと年齢を感じさせてくれたりはする。
仕掛けとしては舞台上手の上部に電光掲示板があり、シーンが変わる毎に、その赤く点滅する掲示板の数字が変化をしていく。観ていて、何となく、多分、出会ってからの日数なんだろうな、とは思っていたのだが、物語も終盤になってそのことが明らかになる。ああ、やっぱりね、という印象だった。もう少し、早めに台詞で説明しといてくれると、そこが、妙に気にならなくて良かったかもしれない。
感動とか、ホロリみたいなものを、心の何処かで期待していたのだが、意外にも、アッサリと、夫婦の日常的な行き違いを積み重ねた展開であった。愛だ、恋だ、悲しい、嬉しいといった感情を、思いっきり放出する類の作品ではない。登場人物ふたりが、落ち着いているのだ。生活者なのだ。また、妻が仕事を持っているという点もポイントかもしれない。決して何かに依存したりはせず、その時々に熟考し、自分で判断して生きているのだ。登場する度に、違う仕事で成功を納めている展開には笑わせられる。どちらかと言うと、旦那の方が、やや妻に気持ちの部分で頼っているようにも思えてくる。作者・三谷幸喜の想いが反映されているのでは、とお見受けした。
戸田恵子は、上手いなあと感嘆した。実に自然でいて、笑わせるツボは絶対外さない。中井貴一は、少々頼りない旦那を演じて面白いが、上ずった調子の声のトーンや台詞廻しに、笑わせようとする意図を感じ、少々カリカチュアライズさせ過ぎな印象だ。音楽演奏家は、上手く芝居の中に溶け込み、時には、エキストラ風な登場の仕方もあって、コミカルで楽しいアンサンブルであった。
観た直後よりは、しばらくして心に沁み込んでくる作品である。そこで語られていたこととか、行き違っていたことが、スッとアタマの何処かに残っている感じなのだ。「子供を産みたい、今ではない」「死別はいや、仲良い内に分かれたい」「そんなことはどうでもいい、いやそこをハッキリしたいんだ」等々。大仰でない、ストーリー展開の面白さに依存しない、自然な語り口に、三谷幸喜の新たなステージを見た気がした。
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