2005年 12月

戯曲の言葉がグサグサとストレートに胸に突き刺さってくる。ドラマチックに場を盛り上げる音楽などは極力排され、役者たちがステージの上でそれぞれの人生を精一杯生きているのだといくことを、全て納得させてしまうような魔力を放ち、観客を捕らえて放さない。それは、ひとえに、レトリックに擦り寄ることなく物語を紡ぎ出した戯曲の素晴らしさによるところが大きいと思う。ドストエフスキーの強固なメッセージが根幹にあるからなのか、そこ此処へと時空が飛ぶこともなく、ひとつの終焉に向けて物語は展開していく。野田戯曲は10年の時を経ても全く色褪せることなく、その時々の世相を映し鏡のように照らし出し、なおかつ刺激的に輝いている。

冒頭、松たか子演じる三条英は、高利貸しの老婆を殺してしまう。その逡巡する様々な思いと、混迷の幕末に設定した時代背景とが相まって、大きなパラダイムシフトのうねりの中に生きる人間たちそれぞれの本性を暴いていく。大きく動く時勢は、それを動かす体制側と、反対する派閥と、巻き込まれるしかない人々とが混然として、正義の行方は彼方遥かへと追いやられてしまう。新しい時代が来る夜明け前とは、こういう混乱を指すものなであろうか。

価値観は個々それぞれがバラバラである。登場人物全ての価値基準はそっくり違っている。但し、すれ違ってはいても、利害関係はある。しかし、自己の正当化から関係性はほつれ、諍いが起こり、相手を受容することを忌避していく。結果、一番得をするのは誰かというと、権力を握った者なのである。秩序の混乱を味方につけ、大枚や名誉で人々を手なずけていくのだ。このことは、いつの世も変わりないのではないか。ふと、周りを見渡してみると、残念ではあるが、似たようなことが起こってはいないだろうか。

しかし、物語は、勿論、そういう権力を賛美するものではない。何が正しく何が間違っているのかで悩み苦しむ市井の人々を憂い、その純粋な心根を掬い取って未来へとつなげていくのである。思う心、思い続ける力が、活力になっていくのだ。そして、そういうパワーが折り重なって生まれる「力」こそ、揺ぎ無い本物の「力」に成り得るのだと語りかけてくるようなのだ。

松たか子が圧倒的な存在感で作品を牽引している。明晰に何事も迷い無く判断してはいるようではあるのだが、反面、全く裏腹に染み出すような不安感を忍ばせていて秀悦である。そして、何よりも、キラキラしたスターのオーラが目に眩しい。古田新太の堂々とした洒脱は作品に安心感を与えるが、松たか子と通じ合う心の心情にもうひとつ説得力に欠ける気がした。愛を通わせているよう見えないということなのだが…。段田安則の安定感は作品に重みを加えていた。全体的にアンサンブルとしての均衡が絶妙で、どの役者も個性的だが変に突出することがない。

気泡シートを上手く活かした堀尾幸男の美術は、シンプルながらもクルクルと変わる場面のイマジネーションを掻き立てることに成功し、ひびのこづえの衣装はいつもながら独特の世界観を作り出すが、強固な戯曲の言葉と対峙する強烈さが、作品の完成度を更に高めている。

野田秀樹は相変わらず創作現場の先頭を走っている。また、同時代に生きているゆえにライブを共有できる幸せ! 次のカードが、今から待ち遠しくてならない。

著者:込山正徳

私の大学時代の友人・込山正徳さんが、最近本を出版した。 「パパの涙で子は育つ」(ポプラ社)である。 元々、ポプラ社のHPで連載していたものなのだが、好評ゆえ先月単行本として出版されたということである。

タイ人の奥様とご結婚されたと言う話は、友人を通して聞いてはいたのだが、 その奥様が、慣れない日本という異国から子供2人を置いて故国に帰るというところから、 エッセイは始まる。お父さんの子育て奮闘記である。

まず、何といってもお子様に対する「愛」に溢れ返った筆者の気持ちが清々しい。 ビシビシと「愛」が伝わってくる。 こんなに「愛」を受けて育った子供たちは、きっと親に対しても愛情を抱き続けることになるのだろうなと思ってしまう。

また、大笑いしてしまうエピソードも一杯で、ドンドンとページを繰るのが早くなっていく。ホント、面白い、です。しかも、泣けます。

そして、男親がひとりで子供を育てていくということのリアルな現実と、 日本の現状の法制度の不備などについての言及などには、実際、驚くことも多かった。

前向きに生きる人生の楽しさと、全く知らなかった情報と、人を育てていくということの大変さと重要さ、もう、いろいろなことがギッシリ詰まっていて珠玉のエッセイである、と思う。

お薦めです。是非、ご一読ください。

クサカワ ハジメ


●著者プロフィール

込山正徳(こみやままさのり)

1962年横浜生まれ。日大芸術学部映画学科卒業後、アジア貧乏旅行を経てフリーのディレクターに。90年頃から主にドキュメンタリー番組を手がける。『春想い、初めての出稼ぎ』(フジテレビ)でギャラクシー選奨受賞。『生きてます16歳、500gで生まれた全盲の少女』(フジテレビ)でATP総務大臣賞受賞。『われら百姓家族』(フジテレビ)はシリーズ化され話題になる。「天国で逢おう ~末期がんウインドサーファーの家族、その愛~」(フジテレビ)ほか多数の番組演出に携わる。2003年2月、11年間連れ添ったタイ人の妻が子ども2人を置いてタイに帰国。子育て中心のシングルファーザーの生活を余儀なくされる。2003年12月正式離婚。現在、自由気ままに取材へ出られなくなってしまったウップンを文章を書き始める。その後必死の嫁探しを遂行し再婚にこぎつける。現在は、3人の子供の父親として、仕事と家庭の両立に(一応?)努力している。

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