2003年 8月

歌舞伎に精通された方は別だと思いますが、私などは台詞の言葉が分からないことが多い。イヤホンガイドに頼るのが常である。しかしこの演目は、野田秀樹の著作であり、そういう危惧は全く払拭されていて心地良い。このことだけでも、舞台上との親近感が増すというものだ。

歌舞伎座で、歌舞伎という枠=システムを踏襲しながらの新作などは、どんどんやって欲しいと思う。猿之助がスーパー歌舞伎ということで、趣向の凝らした新発想の舞台を創造されているが、スーパーと命名されているだけあって、歌舞伎の世界を越え歌舞伎ではないのは事実だ。

勘九郎は、歌舞伎の世界にこだわり、歌舞伎座に現代の戯作者野田秀樹を引き込んで、まさに誰をも楽しませる新作歌舞伎を作り上げた。笑いが絶えない客席を見れば、この企画は2年前と同様、成功を勝ち得たといえる。成功とは、お客さんがいかに楽しんだかということである。

野田台本はタブーを逆手に取り笑いに転じさせ、下世話な会話で場を盛り上げ、但し、情にほだされる主人公をもってホロリとさせる終幕で客の涙を絞り取る。また、回り舞台を駆使し江戸の屋根を闊歩する鼠小僧の跳梁跋扈が躍動感を生む演出も、NODA MAPなどでも見られないダイナミックな趣向である。

勘九郎は、言葉を手に取りもてあそびながら溌剌と客にもてあそばれる風で、舞台上との距離を全く感じさせない。三津五郎の大岡忠相も威風堂々にしてコミカルが絶妙である。

終幕、勘九郎演じる三太(サンタ)のおじさんが、師走12月24日夜に雪の中で行き倒れる中、笛の奏でる「ホワイト・クリスマス」が流れ観客が涙した時、文化が国を凌駕した瞬間を見た気がした。さて、一体次はどんなものを見せてくれるのか。

無駄を省いてより新鮮に若返えり(役者の変な溜めの演技等が一切ない)、全体的にだいぶスピーディーな展開になった。息つかせぬ展開でグイグイ観客を引き込んでいく。

この回のジャン・バルジャンは別所哲也。初出だが安定した演技で見せる。繊細な感情表現が上手い。歌い上げながら常に相手役を思う気持ちが伝わってくる。しかし、それが逆にかえって線の細さにも繋がってしまう。カンパニー全体を引っ張る主役としての華とカリスマ性を獲得するにはもう一歩か。

その点、ジャベール役の内野聖陽の存在感は圧倒的だ。登場した時のその体のフォルムだけで威圧感を与えることが出来る。しかし、最後、セーヌ川に身を投げ出すシーン。一体何故そういう行動に出るのか、その真意が良く伝わって来ない。ずっと感情を押し殺してきたジャベールの、何かが壊れた瞬間があればこその自殺だと思うのだが、その転換の瞬間が私には見えてこなかった。

圧倒的なのは、アンジョルラス役の坂本健児だ。「ライオンキング」等で培った蓄積がいかんなく発揮されている。声量が他の役者さんと圧倒的に違う。共演するマリウス役の山本耕史などはもろに比較の対象になってしまうのでとてもやりにくいのではないだろうか。
今後も期待していきたい役者さんである。

高橋由美子のファンテーヌは清涼感があって清々しい。変な打ちひしがれ感がなく、自分を信じて生きる潔さみたいなものが感じられた。マリウス役の山本耕史は感慨深いものがある。初演のガブローシュ(少年革命家役)なんだよね。今回は見た目の凛々しさと清潔感がうまくアンサンブルの中でアクセントとなっていた。

いまさら言うまでもない大ヒットミュージカルであるが、絶えず新鮮な出演者たちで繰り返し上演することが、新たな息吹を更に作品に与えている気がする。演出も役者も変に定番化させることがないよう、これからもずっと上演し続けて行って欲しい。

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