劇評6 


幸福感溢れる、映像とダンスの不思議な融合

フィリップ・ドゥクフレ新作 「IRIS イリス」



2003年10月11日(土)曇りのち雨
神奈川県民ホール 18時開演
演出:フィリップ・ドゥクフレ
場 : 舞台上手に二階建て家屋の断片。背景には電信柱。
会場の3階席はクローズ。全体で5割位の入りか。広報の問題なのか?
こういう企画にはもっと来場して欲しいですね。
人 : 4000円という価格設定ということもあってか、若者が多い。
あとは、ダンス関係者、企画側関係者っぽい方も目立つ。

 万華鏡を見ているかのような、不思議な感覚と懐かしさを感じるステージである。映像を駆使した、見る、見られるという双方向の演出の視点を、ダンサーたちが簡単に跋扈する様は、さながら絵本のページをめくるかのような期待感と楽しみに溢れ、また、それを幸福感にまで昇華させてしまうナチュラルで無理のない展開は、ドゥクフレならではの演出である。


 例えば、ダンサーのシルエット映像を、同時に上と下とで対象に投射することによって、ロールシャッハテストのような図形とも得体の知れない虫のようともとれる映像となり、チラチラと動くその映像からは目が離せなくなってしまう。魅惑されてしまうのだ。


 音もまた需要なファクターである。虫の音などはノスタルジーと自然を喚起させる意図で使用しているのだと思うが、ライブで演奏される音楽は、映像という“影”に擦り寄りがちな意識を、演奏するクレール・トゥズイ・デイ・テルズイの艶っぽさと相まって、グッとリアルなナマのライブ感に傾倒させていく。また、オープニングは、日中仏3国のダンサーが自国語で挨拶するところから始まるが、ピナ・バウシュのステージと同様に、ダンスを見に来て言葉を投げかけられるという驚きとその語り口の柔らかさから、可愛さまでをも感じさせ、ヒューマンな暖かさに会場が包まれていった。


 背景のセットに電信柱が据えられているが、これもまた、何か懐かしい感覚を呼び覚ましてくれる。最近どこぞの国会議員が、「欧米のように電柱を地下に埋める工事は、ランドスケープを美しく保つために必要なのだ。」と言ったようなことを言っていたが、アーティストはその“美しくない”素材を持って、ノスタルジーという感覚を喚起させることに成功した。


 ダンサーの力量は申し分なく、今回は様々な出身国のアクセントを活かした見せ場にて、欧米的なイメージに終焉しない、アジア的な拡がりをも持ったステージが展開していった。題名の「IRIS イリス」とは、目の虹彩やカメラの絞りなどの意味。「目の色の違う、様々な国の人が集まる作品だという意味を込めた」とドゥクフレ自身も語っているように、意図するところは充分に伝わってきた。


 心地良い時間を過ごした後、まるで天上にでも昇ったような空間で迎える最後のシーンで、ドゥクフレの視点は国を飛び越え世界にまで広がり、時間や場所をも超越した「愛」を提示して観るものに心地よい刺激をサッと振り撒いた。数回のカーテンコールが起こった世界初演の本作は、これから、世界中で人々に幸せを振り撒くことになるのですよね。