劇評364 

教条的なものは一切排除された歴史娯楽作として秀逸。

 
 
「日本の歴史」

2018年12月8日(土)晴れ
世田谷パブリックシアター 18時開演

作・演出:三谷幸喜
音楽:荻野清子

出演:中井貴一、香取慎吾、新納慎也、
川平慈英、シルビア・グラブ、 宮澤エマ、
秋元才加

場 : 劇場内に入ると緞帳が上がっており、ステージ上が見渡せます。ステージ奥に楽器類が並んでおり、音楽が舞台上で演奏されるのことが分かります。本作、ミュージカルですものね。

人 : 満席です。当日券売り場には行列が出来ており、立見席なども出ているようです。結構、お若いお客さん比率が高いですね。三谷作品のファン層の広さが伺えます。

 三谷幸喜の新作タイトルは、何と「日本の歴史」。何とも大胆で、挑戦的とも言えるタイトルに観る前からワクワク感が止まらない。しかも、ミュージカルであり、華と実力を兼ね備えた俳優陣が居並んでいる。期待するなという言う方が無理と言うものだ。

 さて、幕が切って落とされると、テキサスから物語が始まることに度肝を抜かれた。そうですよね。完全に狙っていますよね、観客の創造を裏切ることを。「日本の歴史」のスタートが、アメリカなんですよ。しかし、日本ではない地点と日本とが照射し合いながら舞台が展開していくことで、日本という存在がくっきりと浮かび上がる効果を発していくのが見事である。

 テキサスのパートは、オイルダラーに沸く時代を背景に据え、地主一家と小作人一家との関係性の変遷を描いていく。小作人の次男は、映画「ジャイアンツ」のジェームス・ディーンのようにオイルの源泉を掘り当て、地主との立場が逆転するという展開を示していく。また、家を出た三男が後にエンタテイメント業界で名を馳せるという展開においては、アメリカン・ドリームの一端が描かれていく。成功とその裏に潜む孤独や確執とが綯い交ぜになって観客に提示されていく。

 日本の歴史を、歴史の先生が紐解いていくという展開も面白い。テキサスのパートはある一家の物語であるのだが、日本は邪馬台国の時代から近代に至るまでの様々な時代を斬り取って見せていく。作品の構造が幾重もの事象が絡み合って創造されていく様が実にスリリングだ。

 それぞれの国や時代をブリッジしていくのは「INGA」という歌唱が肝となる。「大切なのはINGA=因果」と作品の中で最多5回もリフレインされるナンバーに、作品のメッセージが込められている。時や場所は違えども、様々な事象が何らかのカタチで連綿と繋がっているのだというのだという「INGA」を受け入れることで、時代の時間軸がパースペクティブに拡大していくのを体感することになる。

 荻野清子の音楽は耳に心地良く、頭の中で後々までリフレインする程印象的だ。三谷幸喜の思わず聞き入ってしまうような詩の世界を、実に丁寧に観客に分かりやすいメロディにして表現していく。生演奏で音楽が奏でられるのもライブ感たっぷりで、ミュージカルの醍醐味を感じさせてくれ何とも楽しい。

 7人の俳優が時空を超え、実に様々な役どころを担い、10役近い役柄を演じる俳優も多々いる。観客は楽しんで観ていられるが、俳優陣は瞬時に変転し続けるシーンの段取りをこなすだけでも大変なのではないかと思ってしまう。しかし、そんな大変さを、そうとは見せない歌舞伎の早変わりにも似たパフォーマンスにて、観る者を嬉々とさせていく。

 中井貴一の軽妙洒脱な存在感が作品に通底するトーンと共鳴し、歴史の只中で右往左往する人間たちにリアルな存在感を吹き込んでいく。香取慎吾、お元気にやっていらっしゃるんですね。まずは、そのことに少々感慨深く感じ入ってしまった。しかし、流石にエンタテイナー。様々な抽斗を広げながら、作品世界を福与かに押し広げていく。しかも、当然のことながら華がある。

 新納慎也があまり格好良くない役割を演じるのが新鮮で、三谷幸喜作品は常連の川平慈英やシルビア・グラブの悲喜劇を超越した卓越したパフォーマンスが作品のクオリティをグッと引き上げ、宮澤エマや秋元才加のフレッシュな存在感が作品に清廉さを与えていく。俳優陣の個性が際立つと同時に、これまでのイメージとは異なる魅力を引き出す三谷幸喜の才には相変わらず驚嘆する。

 時空を超えた様々な時代が繰り広げられ展開していくスピード感が楽しく、教条的なものは一切排除された歴史娯楽作として秀逸であると思う。血縁、奇縁、金銭、国家、戦争、神など、生きとし生ける者を覆うファクトが無理なく詰め込まれているのが見事である。個人的に好きなフレーズがある。「人生で大事なことは、人生で大事じゃないこと」。この言葉に何だか勇気づけられるような気がするのだ。


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