劇評360 

重責を感嘆へと導く才能とのスリリングな対峙が体感できる逸品。

 
 
「豊饒の海」

2018年11月10日(土)小雨
紀伊国屋サザンシアターTAKASHIMAYA 18時開演

原作:三島由紀夫 「豊饒の海」
(第一部「春の雪」、第二部「奔馬」、第三部「暁の寺」、第四部「天人五衰」)より

脚本:長田育恵
演出:マックス・ウェブスター

出演:東出昌大、宮沢氷魚、上杉柊平、大鶴佐助、神野三鈴、初音映莉子、
大西多摩恵、篠塚勝、宇井晴雄、王下貴司、斉藤悠、田中美甫 / 首藤康之、
笈田ヨシ

 
 
 

場 : 久々の、紀伊国屋サザンシアターTAKASHIMAYAです。新宿駅に新南口が出来たので、そこからは数分で向かうことが出来るので便利です。劇場内に入ると、既に舞台上の光景が伺えます。能舞台のようにも見える舞台美術が目に入ってきます。

人 : ほぼ満席です。意外ですが、男性客比率が高いです。休憩時には、男性トイレに行列が出来るというのは珍しいのではないでしょうか。

 三島由紀夫の「豊饒の海」四部作全てを一つの演目として上演する本作のことを知り、正に無謀とも思える企画であると当初は思った。小説は時系列を追うように展開していくのだが、同作は四部作の筋道を縦横無尽に紡ぎ合わせる構成に仕立て上げることにより、独自の世界観を創り上げていく。

 起点となるのは、第一部「春の雪」の松枝清顕と本多繁邦。2005年公開の行定勲監督映画作品「春の雪」の記憶も新しいが、東出昌大、大鶴佐助が、選ばれし者・松枝清顕と、その親友であり変転する時代の目撃者・生き証人でもある本多繁邦、それぞれの役回りを担うことになる。

 自らの容姿と出自には自負があり奔放であるが、人生の行方には蒙昧する松枝清顕を東出昌大は微細に演じ、作品の核となる。松枝清顕への憧憬と反撥とが相まった錯綜する感情を抱え持つ本多繁邦を演じる大鶴佐助の存在感が印象的だ。

 松枝清顕は二部、三部、四部では輪廻転生によりその姿を変えるが、本多繁邦は本多繁邦であり続け、時代の時に歩を合わせながら事の顛末を見届けていく。松枝清顕は、二部が宮沢氷魚、三部が田中美甫、四部が上杉柊平が担い、本多繁邦は、二部・三部が首藤康之、四部では笈田ヨシが演じていく。

 四つの時代に生きる松枝清顕は、自らの信念を極限の域にまでその生き様に反映させていく。飯沼勲として生きる二部の宮沢氷魚は、命を賭してまで暗鬱たる時代に風穴を開けようとする。迷いのない清廉さに清潔感すら感じられる青年像を、宮沢氷魚がそのピュアな資質を活かし説得力を持って飯沼勲を造形する。四部では、本多繁邦が松枝清顕が転生したと感じた上杉柊平演じる安永透が、本多繁邦の養子として迎え入れられることになる。自らが人心や環境をコントロール出来るのだという思い上がる青年の浅薄な強欲を上杉柊平はナチュラルに表現する。三部ではタイの王女ジン・ジャンとして転生し、演じる田中美甫は溌剌とした魅惑を振り撒き作品に艶やかなアクセントを付与していく。

 二部、三部を通して首藤康之が本多繁邦を生きていく。青年期と壮年期を一人の俳優が演じることで、物語がそれぞれの時代ごとで区切れることなく、連綿と時が繋がる連続性を生む効果を発していく。四部では、笈田ヨシが本多繁邦のシンガリを受け持ち、生きとし生ける者の逡巡する苦悩をリアリティを持って体現し、作品に更なる深みと広がりを持たせてくれる。

 松枝清顕と許されぬ関係に陥る華族の令嬢・綾倉聡子を初音映莉子が演じていく。上流社会に生きるお嬢様ではあるが、周りの人々の動向に左右されることなく、自らの意思を貫き通す女の強さを生々しく作品に刻印する。時を経て四部で本多繁邦と邂逅する終幕の場面では、小説を繰った時に受けた激しい衝撃を、目の当たりにさせてくれ惹起してしまう。

 神野三鈴は、三部、四部で本多繁邦と親しくなる有閑婦人・久松慶子を担っていく。歯に衣着せぬストレートな言動は、胸をすくような爽快感を観る者に与えてくれる。しかし、ある出来事をきっかけに本多繁邦は、久松慶子との関係性を遮断することになる。本多繁邦は、更に自己の内面へと収斂していく。

 長田育恵の脚本は、このような時空を超えた複雑な人間模様を、一つの宇宙にまとめ上げ見事である。その秀逸なテキストを、和のテイストを織り交ぜながらアーティスティックに表現した演出のマックス・ウェブスターの力量にも目を見張る。また氏は、俳優とその演じる役柄との間を密接に繋ぎ合わせる集中を駆使し、小説で生きる人々を舞台の上でリアルに生き抜く生身の人間として再生させることに成功した。音楽のマックス・ウェブスターのクリエイションが、時代を超越した普遍性を獲得させる一助を担っていく。

 重責を感嘆へと導く才能とのスリリングな対峙が体感できる逸品に仕上がったと思う。また、是非、再見したいと思う1作となった。


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