劇評323 

人間が巻き起こす悲喜劇を軽妙なアクセントで筆致した快作。

 
 
「不信」

2017年3月11日(土) 晴れ
東京芸術劇場 シアターイースト
19時開演

作・演出:三谷幸喜
出演:段田安則、優香、栗原英雄、戸田恵子


場 : シアターイーストは、東京芸術劇場地下1階の2つある小劇場の左側の方になります。劇場内に入ると、客席を10段位下がったところにステージが設えられています。その対面にも7段の客席が据えられ、俳優陣は2方から観客の目に晒されることになります。

人 : 満席です。老若男女、様々な人々が集います。男女比で言うと、やや男性比率が高い気がします。演劇公演では珍しい光景かなと。

 三谷幸喜の新作を、この演者で、しかも、シアターイーストの小空間で観ることが出来る贅沢感。ナマのエンタテイメントである演劇の醍醐味をタップリと味わえる設定に、観る前から、心躍ってしまう。

 ステージの造りも独特だ。シアターイーストのフロアのセンターにステージが設けられ、観客はその両側から観るという仕組みである。小さな空間の中に於いて、更に臨場感が増していく。

 戸田恵子と栗原英雄の夫婦が住むマンションの1室の隣に、段田安則と優香の夫婦が引っ越しをしてくるところから物語はスタートする。隣人宅を訪ねた段田安則と優香夫妻は、隣人の部屋が異常に臭いと自宅に戻り声高に話し合う。その要因は老成した犬のせいのようなのだが、隣人が何やら隠された秘密を持っているらしい雰囲気が醸し出されていく。

 一見普通に見えるのだが、何とも言えない胡散臭い感じを戸田恵子が見事に体現する。そして、夫の栗原英雄はその謎にどう加担しているのかという見えない部分が更に謎めいて見えてくる。何か違和感のある出来事や事件にぶち当たるにつけ、想像力豊かに探偵気取りで、その謎を探っていこうとする優香と、それに翻弄される段田安則のやり取りが何とも楽しい。

 1枚1枚、薄皮を剥がしていくかのように事の真実が明らかになっていく様子が実に面白い。素人探偵大活躍。スリリングな物語展開は、推理小説を読むようなワクワク感を観客に与えてくれる。段田安則と優香夫妻の探求心と観客の好奇心とがピッタリと重なり合う。見事な構成だ。

 場面がクルクルと目まぐるしく変わるだが、ステージ上の椅子やテーブルなどが遠隔操作で一瞬のうちに移動する工夫が、物語展開をしっかりと下支えしている。板に仕掛けが施されているのだ。スタッフは場面転換の際には一切登場しない。戯曲を執筆する段階で、三谷幸喜の頭の中には、この演出プランは既にあったに相違ない。室内劇をスピーディーさを付与させるこのプランは、なかなか画期的だ。しかし、この物凄い数の場面転換の段取りに対応しなければならない俳優陣も大変だなと感じ入る。

 戸田恵子の存在が本作のキーとなっている。飄々としていて自然体。傍から見て明らかに可笑しな言動も、戸田恵子の手にかかると単なる変人というステロタイプな造形に留まることがない。そういう性を背負った一人の人間として、活き活きとその人物を立ち上げる。小股で歩く形態が面白い。常人とは微妙に異なるアクセントを其処此処に忍び込ませ圧巻だ。

 段田安則が座組に加わるだけで、作品に安定感が出るのは何故だろう。観客と舞台とのブリッジ的な役割を果たしながら、観る者を物語に巻き込む役割を果たしていく。深刻に陥り過ぎることのない客観性が、いい意味で作品に観客の思いを滑り込ませる余地を創り、心地良い空気感を醸成させていく。

 優香は隣人が抱える闇をすかさずキャッチし、そのことを黙っていられない好奇心がムクムクと沸き起こる様を、誰からも憎めぬ可愛らしさを全開にして演じていく。若い溌剌としたパワーが放熱されるため、作品にグッとポジティブさが増していく気がする。

 困った妻を持つ夫の背景も、謎を秘めたまま物語は展開していく。しかし、栗原英雄は彼を取り巻く現状が明らかになってからも、決して筋に流されることなく、説得力を持って人物造形をしていく。夫の苦悩がひたひたと迫ってくる。

 物語の顛末は、全ての謎が露見した後、哀しい結末へ雪崩落ちていく。しかし、巧妙に仕組まれた伏線が最後の最後でスパークし、嘘を嘘で上塗る大人の狡さをしっかりと刻印し思わず唸らせられる。面白かった。人間が巻き起こす悲喜劇を軽妙なアクセントで筆致した快作であった。


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