劇評321 

名作を現代の感覚で蘇えらせた
松尾スズキの手腕が光るエンタテイメントとして見応えある仕上がり。

 
 
「キャバレー」

2017年1月28日(土) 晴れ
神奈川芸術劇場 ホール 18時30分開演

台本:ジョー・マステロフ
作曲:ジョン・カンダ−
作詞:フレッド・エブ 翻訳:目黒条
日本版台本・演出:松尾スズキ

出演:長澤まさみ、石丸幹二、
小池徹平/小松和重、村杉蝉之介、
平岩紙/秋山菜津子
片岡正二郎、花井貴佑介、
羽田謙治/齋藤桐人、乾直樹、楢木和也、
船木淳、笹岡征矢、岩橋大、丹羽麻由美、
香月彩里、谷須美子、エリザベス・マリー、
田口恵那、永石千尋

場 : PARCOプロデュース作品は、様々な公演場所を選んで上演されていますね。劇場内に入ると、既に組まれた美術セットが見えています。舞台となるベルリンのキャバレーの様子が伺えます。

人 : 満席です。若干、立ち見の方もいらっしゃいます。お客さんは、年齢層は様々で、男女比は半々位でしょうか。男性客は、やはり、長澤まさみ目当てな方々が多い気がします。カップルでの来場も多いですね。

 「キャバレー」は、ナチス台頭前夜のキナ臭さ漂う1929年のベルリンが舞台となっている。演出の手綱さばきで、物語の何処がフューチャーされるのかが大きく変わる演目であると思うが、本作は長澤まさみ演じるキャバレー「キット・カット・クラブ」の歌姫サリー・ボウルズが中心に聳え立ちオーラを放つ、華やかなミュージカルとして生まれ変わった。

 同作が初演されたのは1966年。ベルリンという地で1929年を舞台とすることや、その時代におけるユダヤ人の在り方、はたまた夜の世界、そしてジェンダーの問題など、現在でも取り上げる際にはデリケートなタッチを要するであろうスペックが居並ぶ、野心的な作品である。

 最近ではめっきり見かけなくなった「退廃」という言葉があるが、同作にはそういった爛れた感触が内在しているのだと感じてはいた。甘い果実の中心部からじわじわと腐っていくような表現とでも言ったらよいであろうか。しかし本作は退廃をスタイルとして掴み、流転する人生をまるでジェットコースターにでも乗っているかのようにスピィーディーに描いていく。

 また、全体的に喜劇的な要素を作品から掴み出しているのも特徴的だ。不幸だと思われるような境遇を笑い飛ばしてしまうパワーを、随所で放出していく。来場者の誰をも楽しませることに腐心したエンタテイメントが志向されており、堕ちゆく様々な人生も、何故か前向きに捉えることが出来るのは、登場人物に対する松尾スズキの温かな眼差しが反映されているからであろうか。演出家によって様相を変化させる要素が詰まった作品であることが証明されることになったと思う。

 長澤まさみの伸びやかで澄んだ歌声は耳に心地良い。また、コメディエンヌな側面もフューチャーされポップで明るい資質が全開だ。1929年から時空を超え、今、現代に生きる女性として舞台に生きている。長澤まさみを中心に物語は展開していく。

 小池徹平はアメリカからやってきた作家志望の青年を演じるが、バイセクシュアルでもある。しかしその青年の資質の多様性を突き詰めるよりは、サリー・ボウルズに惹かれる側面が押し出され、ゲイ的なやり取りはコミカルに描かれ深く言及はされない。ぶち当たる問題は、爽やかな青年が抱える苦悩へと置き換えられていく。

 「キット・カット・クラブ」のMCは、石丸幹二が演じていく。時代、空間を俯瞰し、物語を推し進めていく存在であり、同作が内包する退廃的なアクセントは石丸幹二が全面的に担っていく。MCは作品に通底する1929年の時代性を現代にブリッジさせる役割を課せられているのだと思う。

 小松和重はユダヤ人の果物商を演じていく。変転する時代に翻弄される一人の人間から儚い想いを真摯に掴み出し、そのぶつけようのない苛立ちに笑いを加味させながら表現していく。その男と添い遂げようとしたドイツ人の大家を秋山菜津子が担っていく。想いは募れど、時代の歯車に巻き込まれていく悲劇の人物をポジティブに演じ、作品に明るさを照射していく。自分が悲劇だと想わなければ、悲劇ではないのかもしれない。自分の判断は、自分の責任なのだということを自覚する女をクールに演じ格好良い。

 村杉蝉之介は捉えどころのない怪しげなドイツ人を演じ、敵か味方かが判然としないキナ臭いグレイなアクセントを作品に付与していく。平岩紙は水兵たちを客にとる気風の良い女を軽妙に演じ、笑いを誘う。秋山菜津子との丁々発止のやり取りが、また、楽しい。

 登場人物たちそれぞれに課せられた役割が明確に分担されており、同作を多面的な視点で捉える松尾スズキの視点は、現代に同作の魅力をどのような手段を取ったら届けることが出来るのかを熟考していることが感じられる。名作ミュージカルを現代の感覚で蘇えらせた松尾スズキの手腕が光るエンタテイメントとして見応えある仕上がりとなった。


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