劇評291 

ジェンダーの概念を超越した彼方の、自由な世界を創造した喜劇として記憶に残る作品。

 
 
「ヴェローナの二紳士」

2015年10月17日(土) 晴れ
彩の国さいたま芸術劇場 大ホール
18時30分開演

作:W・シェイクスピア
翻訳:松岡和子
演出・芸術監督:蜷川幸雄
演出補:井上尊晶

出演:溝端淳平、三浦涼介、高橋光臣、
月川悠貴、正名僕蔵、横田栄司、
大石継太、岡田正、河内大和、澤魁士、
野辺富三、谷中栄介、鈴木彰紀、
下原健嗣 / 田中浩介、矢崎浩志、他

場 : 劇場ロビーでは、開演10分位前から、舞台にも登壇する楽師2人が演奏を始めます。いい雰囲気が劇場を満たしていきます。劇場内に入ると緞帳が上がった舞台前面には、彫像、花、絵画、家具などの小道具が並べられています。蚤の市のようなシーンになるのでしょうね。

人 : ほぼ満席です。年齢層は40歳代以上が多いですね。出演者のファンというよりも、彩の国シェイクスピア・シリーズ、あるいはシェイクスピア作品そのもの、または、蜷川演出への興味など、来場理由は様々な感じがします。

 登場人物が劇場後方より入場し、舞台上に登壇し一礼すると、会場からは拍手が沸き起こる。蜷川演出において度々あるこのオープニングは、ステージと観客との垣根を一気に取り払い、劇場内は温かな空気感に包まれる。

 同作は、シェイクスピア初期の作品であるが、細かな思索などを吹っ飛ばしていく勢いに満ちた瑞々しさに溢れており、どこか物語の辻褄合わせが強引だったりもする若々しさも抱合した実に興味深い戯曲だ。この素材をオールメールで演じるというのも、観客にとっては楽しい趣向であるが、創り手にとっては越えなければならないハードルが幾つもあるのではないかと推察される。

 「ムサシ」に続き、蜷川演出に登板する溝端淳平が、伊達男プローティアスの許婚ジュリアを演じるというキャスティングが本作のキーとなる。ミラノ大公の娘のシルヴィアは、オールメール・シリーズの常連である月川悠貴で、その乳母ルーセッタを演じる岡田正しか本作に女性役は登場しない。しかし、初の女形を溝端淳平は、可憐さといじらしい女心とを綯い交ぜにさせながら、愛らしいジュリアを造形し、役者として一皮剥けた感がある。

 物語の中軸に立つ溝端淳平のジュリアが放熱するパワーが、作品に溌溂とした印象を与えていく。ヴェローナからミラノへと遊学したプローティアスの動向が気になるジュリアは、男装でミラノへと向かうのだが、男優が女形を演じる役どころで男装をするという何とも複雑な設定であるが、観客にとってはその捩れが面白味へと変化していく楽しみを堪能出来る。所詮、虚構の劇世界である。そのバーチャルを、リアルに楽しめるこの設定には、思わず嬉々としてしまう。

 ジュリアの許婚プローティアスを演じるのは、三浦涼介である。「私を離さないで」において、氏の繊細な資質が大いに活かされていたため、本作では女形を担うのかと思いきや、婚約者がいながらミラノ大公の娘のシルヴィアに横恋慕する役どころを演じるのも面白い。

 ミラノ大公の娘のシルヴィアはオールメール・シリーズのミューズとも言える月川悠貴が演じるが、安定感あるその存在感は女形が奇異とは映らぬスタンダードさを作品に与えている。そのシルヴィアとの駆け落ちを企てるプローティアスの親友ヴァレンタインは高橋光臣が担うが、男性が男性を演じるという当たり前なことも新鮮に映るのが不思議である。

 演じ手が演じている自分を新鮮に感じていることがヒシと伝わるため、荒唐無稽とも言える物語にシカと命が吹き込まれ、リアリティすら生まれる瞬間が何とも楽しい限りだ。

 あらかじめあるイメージをいい意味で裏切るキャスティングは、俳優自身が役と自分との間を埋める創造力を喚起することにもつながることにもなると思われ、予定調和を許さぬ作品創りの意気に、観る者は前のめりになっていくことになる。

 脇を固める俳優陣の確かな存在感が、作品にふくよかな印象を付与していく。正名僕蔵は実際の犬を引き連れ格闘する姿も可笑しく、クラウンな役回りを表面的になぞることなく悲哀さえ感じさせラーンスという役柄に陰影と奥深さを与えていく。横田栄司はプローティアスの父アントーニオとミラノ大公を嬉々として演じ、氏が持ち得るスケール感と相まって作品に威厳と大人の視点をクッキリと刻印する。シルヴィアの許婚シューリオを河内大和が演じるが、役柄からコミカルなスピリッツを発掘し、台詞に行間を笑いで埋めていく。

 最後の大団円の、あっと驚く能天気な展開もまた楽しいと感じさせるような説得力が生まれるのは何故であろうかと思案するが、役者たちのリアリティある存在感がストレートに伝わってくることに他ならない。ジェンダーの概念を軽々と超越した彼方に広がる自由な世界を創造した喜劇として記憶に残る作品になったと思う。


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