劇評290 

永きに渡り記憶に残る作品になった、続編も期待したいエンタテイメントの逸品。

 
 
「スーパー歌舞伎U ワンピース」

2015年10月11日(日) 曇り
新橋演舞場 16時30分開演

原作:尾田栄一郎
脚本・演出:横内謙介
演出:市川猿之助
スーパーバイザー:市川猿翁
主題歌提供:北川悠仁(ゆず)

出演:市川猿之助、市川右近、坂東巳之助、中村隼人、市川春猿、市川弘太郎、市川寿猿、市川竹三郎、市川笑三郎、市川猿弥、市川笑也、市川男女蔵、市川門之助 / 福士誠治、壽島典俊、浅野和之、他

場 : 16時30分開演だが、開場したのが16時10分過ぎ。何とか20分で観客全員が着席したのは、劇場の方々の誘導の仕方も凄いが、スムーズに行動する観客の生真面目さにも驚きです。ロビーでは劇場限定オリジナル商品が販売されています。劇場内に入ると、舞台前面にはルフィのフィギュアが据えられているのが見えます。また、幕間に下される定式幕には、なんと漫画のキャラクターが描かれています。

人 : 満員御礼です。やはり通常の歌舞公演と客層が全く違いますね。若い人たちが多い。中には小学生低学年と思われる年少の子どもたちの姿もちらほら見かけます。終演は21時を超えますが、大丈夫なのでしょうか。

 日本のみならず海外でも大人気の漫画「ワンピース」の舞台化である。しかも歌舞伎という日本の伝統芸能での上演となる本作であるが、一体、どのような作品に仕上がるのかが予測不能な演目であるところに、大いに惹かれて劇場へと向かうことになる。

 「ワンピース」という冒険活劇は、先代の猿之助が打ち立てた“スーパー歌舞伎”の源泉である「ヤマトタケル」にも似た武勇伝であり、歌舞伎というスタイルに非常にマッチする題材であろうことは、観る前から予測はしていた。しかし、本作はその予想を遥かに凌駕し、第一級品のエンタテイメントとして成立する出来栄えだ。

 本作の成功の要因の一端は、先代の猿之助から、これまで“スーパー歌舞伎”の創作に寄与してきた横内謙介が脚本・演出を担っていることが大きいのだと思う。長大な原作の中から、主人公ルフィの兄エースを奪還する“頂上戦争編”が取り上げられているが、「ワンピース」の様々なキャラクターが居並ぶエピソードが、過不足なく実に上手い塩梅でまとめ上げられ見事である。

 座長の猿之助は、主演はもちろんのことであるが、演出も手掛けている。歌舞伎の伝統を踏まえた弾ける発破は強烈で、これでもかという外連味を惜しげもなく披露し観客を決して飽きさせることがない。宙吊り、早代わり、本水の中での立ち廻り、ゆずの北川悠仁作詞作曲のオリジナル歌曲が流れるなど、これでもかと様々な趣向が連打され、長尺な上演時間であるが飽きさせるような瞬間を与える隙がない。

 猿之助が物語のセンターに聳立することで、歌舞伎界以外のフィールドからの参戦組を含む大所帯のカンパニーが一つにまとめ上げられ、強靭なパワーを遺憾なく発揮する。猿之助はルフィのキャラクターの中からスピリットをシッカリと掴み出し、漫画のキャラクターであるルフィを違和感なくリアルに造形する。また、女帝ボア・ハンコックをも演じ、女形の色香も堪能できるのも観客にとっては楽しい限り。オーラスでは赤髪のシャンクスまでに扮し、もう大満足である。

 巳之助がいい。冒頭で、麦わらの一味のゾロを演じていたかと思うと、インペルダウン監獄のボン・クレーの愛らしくも力強いキャラクターを嬉々として演じ印象的だ。役に込める思いが、人一倍多いのではないかというパワーが放出され、思わず惹き付けられていく。白ひげ海賊団のスクアードを演じるのもおまけみたいでお得感タップリだ。

 麦わらの一味のサンジにニューカマーランドのイナズマを演じる中村隼人は、現代的で溌溂とした氏のフレッシュな資質を全開させ、「ワンピース」という素材と、古典・歌舞伎とをブリッジさせる役割を担い、見事にその期待に応えていた。

 右近の貫禄、春猿の艶やかさ、猿弥の洒脱、笑也の粋も、クッキリと印象に残る。浅野和之や福士誠治、壽島典俊などの現代劇からの参戦組も、歌舞伎役者たちの中でも違和感なく溶け込み、歌舞伎の新たなる可能性を斬り拡げ具現化するために大いに寄与している。

 歌舞伎の外連と、漫画のダイナミックな展開との相性が抜群に良いことが証明された。子どもから歌舞伎初心者の大人までもが楽しめる新生歌舞伎の演目として、永きに渡り記憶に残る作品になったのではないか。続編も期待したい、エンタテイメントの逸品に仕上がった。


過去の劇評はこちら→劇評アーカイブズ