劇評275 

教育を通して、現代の世相の問題点を炙り出した秀作。

 
「正しい教室」

2015年4月4日(土) 小雨
PARCO劇場 19時開演

作・演出:蓬莱竜太
出演:井上芳雄、鈴木砂羽、前田亜季、高橋努、
岩瀬亮、有川マコト/小島聖/近藤正臣

   

場 : 初日2日目。PARCO劇場のロビーは、出演者に贈られた花の香りでむせ返るようです。劇場内に入ると小学校の教室の一室が、既に眼前に現れています。微かにではありますが、遠くの方から小学生の嬌声が流れています。

人 : 満席です。客層は30〜40歳代と、やや若め?な方が多い感じです。モダンスイマーズや井上芳雄ファン、演劇好事家など、色々な人々が集っている様ですね。劇場内には、至って、穏やかな空気が流れています。

 小学校の教室の一室で、井上芳雄が携帯電話で会話をしている。どうやら、井上芳雄はこの教室で教鞭を取る学校の先生で、電話の相手は生徒の親御さんの様だ。習字において、「希望」という指定の字ではない別の文字を書いたらしい。近々、家庭訪問する旨を丁寧に話しており、かつて“委員長”と言われていた彼の好感の持てる先生振りが前振りされる。

 その教室に、一人一人、かつての同級生たちが入室してくる。地元で良く会う仲間たちらしいのだが、かつての“マドンナ”であった鈴木砂羽が不慮の事故で息子を亡くしてしまったことを聞いた皆が、その彼女を励ますという趣旨で、今回、集まりが開催されたらしい。

 集まった皆の会話の中で、時折、当時の担任であった“先生”のことが話題に上がってくる。その先生を、皆は大分嫌っていたとみられ、それが今でも尾を引いている、それぞれの思いがジンワリと伝わり、純真な生徒VS.鬼教師という構図が、観客にヤンワリと訴求されていく。

 先生役を演じる近藤正臣が、招かれざる客として登場することで、物語は急速に異物感を抱えていくことになる。かつての生徒が嫌っていた先生。何故、その先生はこの場に来ることになったのであろうか。

 しかし、ここまでは、あくまでも序章である。物語はここから始まると言っても過言ではない。人と人とが日常接するだけでは決して見えてはこない、人々が、こう見せたい、見られたいと抱く表層的な付き合いの奥底に潜む真意や、封印していた悪意、今、リアルに直面している苦悩などが、染み出るように舞台上に流れ出す。

 その場に集うそれぞれの人間たちの裏腹が、除々に炙り出されていくスリリングな展開は、まさにミステリーだ。誰が、どんな闇を抱えているのか、正しいと思っていたことが、実はそうではないのではないのかもしれないという、虚実が綯い交ぜになった展開は、もう、観ている間からゾクゾクする面白さに満ち満ちていて、登場人物たちから目を離すことが出来なくなっていく。

 最初は、鬼教師だと見えていた、今でも暴言を吐き繊細さのカケラもない男が、実は、人間洞察を極め、当時の生徒たちの言動もつぶさに記憶しており、人間が持って生まれた決して変えることの出来ない各人の性根を暴き出していく。被害者が被害者だけではなく、加害者でもあったことが露見し始め、予定調和は完全に破綻をきたすことになる。

 偽善的な仮面が、一枚一枚剥がれていく様が、何ともワクワクし、心地良く、快哉さえ叫びたくなってしまうのは、何故なのであろうか? きっと誰もが何処かで抱えている悪意というものと、登場人物たちの過去の苦い思い出とが、ついついシンクロしてしまうのだと感じ入っていく。

 先生を呼んだのは、鈴木砂羽演じるかつてのマドンナであった。水泳の授業の時に、休みむといったにも関わらず、プールの中に投げ飛ばされたことがトラウマとなっているため、池で溺れた息子を助けられなかった。だから、先生を訴えるのだ、と、妹を演じる前田亜季を伴って来ていたのだが、どうやら真相は別のところにあることが露見していく。

 かつての“番長”高橋努は、経営する食堂が上手く立ち行かなくなっており、その子分であった“のけ者”有川マコトは、ねずみ講から抜けられなくなっている。“ガリ勉”岩瀬亮は父の事業を継ぎ平凡な日々を過ごしているようであり、“恋する女”小島聖は、妙齢にも関わらず独身であるという状態だ。

 近藤正臣演じるかつての先生は、そんなかれらの本質を見抜いていたようでもあり、人間なので好き嫌いはあって当たり前だという前提で、真剣に対峙していたのだという真情を叩き付け、信念を曲げることは一切しない。この事の顛末は、上手くいかない理由は外にあるのではなく、自分の中にあるのだと気付かなければならないと、警鐘を鳴らしているようでもある。

 井上芳雄の生徒が習字で書いていたのは、「絶望」という字であった。先生は言う。フラストレーションを表現出来る子はいいのだ。しかし、その他「希望」と書いている子の中にある闇を掬い取らなければならないのだ、と。壁に貼られた習字を眺める井上芳雄の姿が、くっきりと瞼の奥に焼き付いた。登場人物たち全てがリアルで愛おしく、但し、多少の嫌悪感を抱きつつも共感してしまうという絶妙なアンサンブルは最高だ。教育を通して、現代の世相の問題点を炙り出した秀作であると思う。


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