劇評272 

現代の異能たちによって、歌舞伎がオリジナリティあるエンタテイメントとして提示された。

 
「六本木歌舞伎 地球投五郎宇宙荒事」

2015年2月11日(水・祝) 晴れ
EXシアター六本木 16時30分開演

脚本:宮藤官九郎 演出:三池崇史

出演:市川海老蔵、中村獅童、坂東亀三郎、
尾上右近、大谷廣松、市川福太郎、
加藤清史郎、市村竹松、市川九團次、
片岡市蔵、市村萬次郎、他

   

場 : EXシアター六本木に訪ずれるのは初めてです。六本木駅からこんな近い場所にこんな劇場があったんですね。エントランスに入り、エスカレーターに乗って地下に降りると、そこは2階席のフロアです。1階席はさらにもう1階下の階へと下りることになります。劇場内に入ると舞台には定式幕が下ろされています。舞台までが近く感じられ、なかなか観やすい劇場なのではないでしょうか。

人 : 満員御礼です。場所柄故なのか、装いがお洒落な人が多いですね。40歳代〜50歳代の年齢層の方がボリューム・ゾーンな感じがします。男女共偏りなく、友人同士、ご夫婦など、何人かで来場されている比率が高いです。

 こういう布陣で来たかと思わせる、当代一流のクリエイターが集結した新作歌舞伎「地球投五郎宇宙荒事」。現代に生きる人々が、2015年の今に創り上げたビビットな感覚が、実に新鮮な出来栄えだ。歌舞伎を観に来たのだという敷居の高さは取り払われ、舞台設定を日常の延長線上に据えることにより、観客との親和性を高めていく仕掛けが施されていく。

 まずは、本公演を行うことになった経緯から、物語は展開していくことになる。海老蔵と獅童が、ステージに設えられた劇場の楽屋に入ってくるところから、エピソードはスタートする。海老蔵のブログや、獅童の結婚など、リアルなネタが会話の話題として取り上げられる中、こういうことが出来たら面白いね、という話がだんだんと盛り上がっていく。二人はその場で、宮藤官九郎や三池崇史に携帯電話で連絡と取り参加要請をし、“面白いこと”を実現する運びとなる顛末が描かれ惹起する。

 二人の思いが結実したのが本公演であるというこの導入を演じる海老蔵と獅童があまりにも自然体なため、現代劇かと錯覚してしまうが、この後、二人がやりたかったことへと物語は歌舞いていく。

 この二人の間に入り、狂言廻しの様な役回りを担うのが加藤清史郎だ。海老蔵の弟子という設定で1年仕えているが名前を覚えられていないという境遇であり、獅童のことを悪人だと毛嫌いしており、獅童もそんな態度にコミカルに対応していく姿が可笑しい。2者間ではなく、3人が機軸となっている物語構成が、一ところに収焉することのない広がりを見せいく。

 時は元禄へと遡る。浅草・浅草寺の上空に宇宙船が現れ、そこから衛利庵(えいりあん)・米太夫が降り立ってくる。民衆はパニックに陥るが、そのパニックが伝播しないよう和尚は策を講じなければならなくなる。そして、目の前で起こっていることは「歌舞伎」なのだと断じていく。そこで、悪役・米太夫に対抗させる正義の味方の“役”を、実際の歌舞伎役者・團九郎が演じることになる。團九郎は海老蔵が、衛利庵は獅童が演じていく。

 クドカンがかつて書いた歌舞伎にゾンビが登場したのにも驚いたが、宇宙人が登場する本作のこの設定も何とも奇天烈だ。しかし、この物語に至るまでのサイド・ストーリーがある様で、今は亡き勘三郎に海老蔵は10代の頃より「地球投げをしろ」と言われてきたのだと言う。勘三郎のDNAが、今に至るまで脈々と繋がってきているのだということが分かり、感慨ひとしおだ。

 三池崇史の演出は、宇宙船の見せ方などに大胆さを感じるが、あくまでも演者の魅力を前面に押し出すことに注力し、観客の興味を分散させないよう繊細に差配していく。元禄に生きた人々と現代の歌舞伎役者とが違和感なく共存し、新作歌舞伎であることの特質が確実に観客に届けられていく。

 物語は、時の将軍の娘が衛利庵の人質にとられてしまうところから、急展開していくことになる。そして、團九郎と米太夫との関係性もディスクロージャーさせながら、二人は宇宙空間で対決することになる。その破天荒な展開は、まさに、ザ・歌舞伎だと大向こうから声を掛けたくなる様な気分に高揚させられていく。

 歌舞伎が、現代の異能たちによって、オリジナリティあるエンタテイメントとして提示された。こういう取っ付きやすい演目が、古典へと目を向けてもらう良い契機となるに相違ない。多くの観客を歌舞伎へと誘う、海老蔵や獅童のこうした活動から今後も目が離せない。


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