劇評243 

演劇の醍醐味をストレートに表現し尽した秀作。

 
「おそるべき親たち」

2014年3月2日(日) 晴れ
東京芸術劇場 シアターウエスト 14時開演

作:ジャン・コクトー 翻訳・台本:木内宏昌 演出:熊林弘高
出演:佐藤オリエ、中嶋朋子、満島真之介、中嶋しゅう、麻美れい

   

場 : 新装後、シアターウエストへの来場は初めてです。シアターイーストよりも、やや大きい感じがします。初日ということもあり、関係者の方々の来場も多いようです。劇場内に入ると、センターに円形のステージが張り出しています。ステージ両脇にも客席が設えられており、芝居は3方から観客に観られることになります。

人 : 当日券が出ていますが、劇場内はほぼ満席です。お客さんは50〜60歳代の方々の中に、30〜40歳代の人が混じっているという構成です。演劇を見慣れた感のある雰囲気の客層です。いい意味での緊張感が劇場内に漂っている気がします。

 開演を知らせるベルが鳴る前に舞台上に麻美れいが現れ、マットが敷かれクッションが置かれた場所でひとしきりたゆたった後、ステージ奥へと去っていく。その直後、劇場の係員の方々が、開演にあたっての注意事項を知らせていく。再び、劇場は暗転となり、物語がスタートする。

 佐藤オリエ、中嶋朋子、満島真之介、中嶋しゅう、麻美れいという5人の俳優が同じ板の上に載っているという、そのこと自体の何という贅沢さ。演劇の醍醐味である達人の芸に生で触れる満足感を、たっぷりと堪能出来る逸品に仕上がった。

 但し、演劇を全く観ない人に対して、この希少性を説明するのが意外にも困難だとも気付くことになる。役者さんはマスメディアでの露出が少ないと、一般の人の認知度はなかなか高くないのですね。そういう意味でも、この空間を同じくした者だけが味わえる、貴重な観劇体験であることに相違ないとも確信していく。

 コクトーの戯曲は、人間が心の裏面に隠し持っている本性を暴き出していくのだが、冷静に俯瞰し人間観察をする視点が、深刻さに陥ることなく可笑し味を放ち爽快だ。悲劇も見方を変えれば、喜劇でしかないというリアルを、名優たちが一歩引いた客観性を持って演じていくため、その真情が痛い程観る者にも伝播し、舞台から目を離すことが出来なくなっていく。

 この戯曲の真髄を、百戦錬磨の俳優陣が人間のあらゆる想念を重層的に積み重ねて表現していく。その側面同士が拮抗し合うその摩擦が、また、新たな物語を生んでいくという連鎖が実にスリリングで、サスペンスフルですらある。演出の熊林弘高は、行き交う感情を丁寧に斬り取り、カリカチュアライズされてしまう一歩手前のギリギリのラインを保ちながら、リアルで分かりやすく客席に物語をリーチさせ見事だ。

 佐藤オリエが、事の成り行きを把握し、物語の行方を差配する役どころを、冷徹に演じるが、心の奥底の潜む欲情の萌芽を、ほんの少しの隙間に髪間見させる繊細な表現を駆使し、圧巻だ。その、隙間から零れ落ちる本性が、実に生々しい人間性を放ち、その在り方に何故か共感性を抱いてしまうというマジックに酔い痴れてしまう。

 麻美れいは、未だ独身の佐藤オリエの妹というロールだが、その姉のスティディであった男を夫に迎え、今は溺愛する息子を持つ精神不安定な女を演じていく。奔放で自堕落な落ち目のブルジョア女性を生々しく体現し、姉との確執の対比もクッキリと際立たせるが、自己に埋没していくネガティブさも魅惑的に、観客を気持ちよく翻弄し心地良い。

 麻美れい演じる母に溺愛される息子を満島真之介が演じるが、敢えて抑制を効かさず発露させていく感情を、ピュアさという衣を纏いながらストレートに表現していく。恋人への愛情と、母への思慕が、直情的とも言えるようなスキンシップで、対する女優と真っ向に立ち向かい、垂れ流す涙と鼻水などとも相まって、彼が抱える混沌とした悲哀がズキズキと伝わってくる。

 中嶋朋子は、愛した男が、これまで囲われてきた愛人の息子だということに直面する女を演じ、女が抱える混乱と諦観の間を行き来するが、その逡巡する様についつい魅惑されてしまう。苦悩の最中にいる者が周りから見ると滑稽で面白いという状態をヒリヒリとした情感を込めて表現し、注視してしまうのだ。

 3人の女との関わり合いを持ち、息子とも“兄弟”となる中年男を中嶋しゅうが演じるが、自我を押し通す男の真意をのらりくらりとした風体で表現しながらも、キリキリとした女の業を一身に受けるしかない弱さと、発露できる相手に対する傍若無人振りを行き来しながら、男の本質なるものに言及し親和性を獲得する。

 事の顛末は、案外あっけない締めくくり方を示していくとことがコクトーの策略でもあるのだが、本作においても人生がいかに儚いものであるかということを突き付け、その中で右往左往する人間の滑稽さを抉りながらも、爽快感さえ感じさせ秀逸だ。演劇の醍醐味をストレートに表現し尽した秀作であると思う。


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