劇評230 

甘酸っぱい懐かしさに満ちたソンドハイムの楽曲が胸に染み入る逸品。

 
「メリリー・ウィー・ロール・アロング
 ‐それでも僕らは前に進む -」

2013年11月2日(土) 曇り
銀河劇場 17時30分開演

作曲・作詞:スティーブン・ソンドハイム
脚本:ジョージ・ファース
演出・振付:宮本亜門 翻訳:常田景子 
出演:小池撤平、柿澤勇人、
ラフルアー宮澤エマ、上山竜司、広瀬友祐、
海宝直人、菊地創、山田宗一郎、上條駿、
小此木麻里、関谷春子、皆本麻帆、万里紗、
大西統眞、大東リッキー、ICONIQ、高橋愛

場 :   初日翌日。エントランス前には沢山の花が立ち並んでいます。ロビーフロアに上ると賑々しさに満ち溢れています。来場者の皆さんの気持ちが高揚している気がします。劇場に入ると既に緞帳は上がっており、グランドピアノがセンターに置かれたセットが見えています。

人 :   ほぼ満席です。お客さんは女性比率が高いですね。小池撤平ファンが多いのかなと思いきや、話を聞いているとそういう人だけでもなさそう。この公演回は、終演後に、宮本亜門とラフルアー宮澤エマの対談が行われました。

 スティーブン・ソンドハイムが、あの傑作「スウィーニー・トッド」の次に発表した本作は、初演時には16回の上演で幕を閉じるという憂き目にあった作品だ。その初演時から、幾たびか手直しが加えられてきたのだと思うが、キューンと胸に響くキュートさを振り撒きながらも、人間のシニカルな側面を抉り出し、哀愁に満ちた思慮深さを其処此処に染み出させていく。

  ハリウッドの人気プロデューサーとなったフランクのホーム・パーティーで管を巻く元ベストセラー作家メアリー。今や、すっかりアル中の体であるが、フランクとメアリーとは、どうやら永年の付き合いがある関係性のようだ。そのパーティーでの会話の中で、ピューリッツァー賞作家のチャーリーという名が挙がる。最近、ブロードウェイで話題の演目を書いた人物らしい。その名を聞いたフランクは、顔を曇らせる。そして、メアリーは3人が、かつて親友であったことを告白する。その時点から、物語は時を遡り少しずつ過去へと立ち返っていく。

 初演時は、若いパフォーマーがアマチュア風のパワーを前面に押し出すというコンセプトであったという。演出は、あの、ハロルド・プリンス。直近の上演は、本年4月。ウエストエンドのハロルド・ピンター劇場で、現在の時点の年齢に近い俳優陣を擁した布陣での公演だったようだ。解釈は多々あると思うが、本作は、20歳代の役者をキャスティングしたという点において、宮本亜門は初演時のスピリッツを継承しているのかもしれない。

 キャストは生きのイイ役者陣が居並んだ。プロデューサーのフランクを演じるのは柿澤勇人。仕事で成功を収めてはいるのだが、何故かプライベートでは空虚さを湛える陰影ある佇まいをニヒルに演じていく。フランクが抱える心のシコリが、過去に遡るにつれ、その要因となる出来事が詳らかになっていくという趣向になっているのだが、心なしか、フランクが抱える重荷が、物語が進むにつれ軽くなっていくような気がしてくる。人間的にも段々とピュアになっていくその過程が、もう少しふくよかさを持って演じられると、物語に厚みが出たような気がする。

 フランクと旧知の作家チャーリーは、小池徹平が演じていく。バリュー的には座長ではあるのだが、役どころはフランクと対等のポジションで拮抗していく。柿澤勇人が“硬”の資質だとすると、小池徹平は“柔”の資質。お互い対立しながらも、補完し合っていくという構造がクッキリと浮き上がる。キャスティングの妙であろう。

 特筆すべきは、その2人と永年の友人メアリーを演じるラフルアー宮澤エマである。初見ではあるが、バラエティー番組やラジオのパーソナリティーで活躍しており、本作が初舞台であるという。また、元首相・宮澤喜一の孫であるという出自でもある。彼女の存在感が、何しろ圧倒的なのだ。

  少しメタボ気味の妙齢の頃から物語はスタートするのだが、25歳である彼女は完全に中年の女性として存在していた。女性が己の内面に抱合するいい意味での開き直り具合を全開させ、作り物ではないリアルな感情表現で観客を直撃していく。その溢れるパワーと存在感に目が釘付けになる。決して自分に限界を設けることなく、可能性を拡げることだけを視座に生きてきたような在り方が、何とも心地良いのだ。

 ブロードウェイの大女優・ガッシーはICONIQが演じる。カリスマ性ある奔放さで、周りの人々を翻弄するセレブリティを、哀感を持って表現していく。有名人が持つ、哀しみがジンと伝わってくる。

  フランクの離婚する妻は高橋愛が演じていく。可憐で清楚な中にも、決して曲げることない一本芯の通った女性のスピリッツを表出させていく。多くの個性派俳優が居並ぶ中において、一輪の可憐な花のような可愛さが清冽な印象を与えていく。

 休憩も挟まずに、一気呵成に人生を遡った先に待っていたのは、誰もが若かりし頃に思い描いたであろう“希望に満ちた未来”であった。オール20歳代キャストの中から、宮本亜門は、“希望”を掬い取ってみせた。乗峯雅寛の変幻自在な美術や上田大樹の映像も、時代を瞬時に表現する効果を見事に生み出していく。

 人生の辛苦を、若い布陣の意気を全面に押し出すことで筆致した本作は、ソンドハイムの甘酸っぱい懐かしさに満ちた楽曲が胸に染み入る逸品であった。


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