劇評228 

美輪を描くことを突き詰め、生命の普遍性を訴えながらも生きることの哀歓を忍ばせ絶品。

 
「MIWA」

2013年10月5日(土) 雨
東京芸術劇場プレイハウス 19時開演

作・演出:野田秀樹
出演:宮沢りえ、瑛太、井上真央、小出恵介、
浦井建治、青木さやか、池田成志、野田秀樹、
古田新太、他

 
  

場 :   プレイハウスに伺う機会が段々と増えてきました。今日は雨だったので、外に一度も出ずに劇場まで行くことが出来るのは有り難いです。ロビーに入ると、観劇慣れしている人が多いのか、至って平穏な雰囲気です。

人 :   満席ですが、当日券も各回必ず販売されているようです。チケットをゲットしそびれた人には便利なシステムですよね。観客は20歳代〜50歳代までの男女が満遍なく集っています。友達同士やご夫婦などでの来場者が多い感じです。

 野田秀樹が、美輪明宏を描くという、実にセンセーショナルな企画である。どうやら、美輪が自分を描くことを許諾するのは本作が初めてらしい。野田の才能に美輪が身を委ねてみたということか。どう花開くのかに、観る前から興味は尽きない。

 作品は美輪の磁力に引き寄せられ過ぎることなく、美輪の人生に決定的な影響を及ぼしたであろう出来事を、野田秀樹の視点で紡ぎ合わせていく。クルクルと時空が交錯しながら展開していく世界観は、まさに野田秀樹の真骨頂であり、事実を野田流に翻案しながら、美輪の深層へと分け入っていく。

 オープニングが天国から始まるのがユニークだ。現世だけには留まらない美輪の資質を描くにあたり、天国=別次元に息づいていた魂が、男か女であるのかの踏み絵を強要されることから脱して、この世に飛来したのだという飛躍した物語の発端を、説得力を持って描いていく。

 MIWAは宮沢りえが演じ、共に舞い降りるアンドロギュヌュスならぬ安藤牛乳を古田新太が演じていく。古田の出で立ちは、黄色いヘアーも印象的な今の美輪を彷彿とさせる様相であるが、何せ、古田である。カリスマ化した今の美輪に対して、可笑し味を振り撒きながらも、核にある揺るがぬ信念をパースぺクティブに描き出し絶品である。宮沢りえは、シスターボーイと呼ばれた頃の美少年振りも艶やかに、古田と合わせ鏡のような立ち位置で美輪が持つピュアな美しさを体現する。

 赤木圭一郎を彷彿とさせる役を瑛太が、母を井上真央が、三島由紀夫らしき人物を野田自身が演じていく。美輪の人生のキーパーソンをグッと絞り込んで筆致していくことで、ドキュメンタリーではない、一種の寓話化された世界観を創り上げることに成功した。

 オールスターキャストであるが、その他の俳優陣は、美輪の生き様を彩る様々な異端の人々を見事に造形し、作品のテーマにグッと肉迫していく。

 池田成志は父であったり、クラブのオーナーであったり、MIWAを受け入れる器の様な役回りを目まぐるしい勢いでコロコロと転回させていく。エッジを効かせた演じ分けが作品にキリリとアクセントを与えていく。小出恵介が演じるのは、インタープリター。あの世とこの世、日本とアメリカなど、異次元を繋ぎ翻訳する役割を示していく。小出の客観的な資質が上手く活かされていく。

 浦井建治は、人生や水商売の酸いも甘いも嘗め尽くし堕ちゆく青年を、ピュアな資質で朗らかに造形していく。苦味を残さない清冽さが彼の特質だ。青木さやかは、人生の壁にぶち当たりながらも、絶えずポジティブに生き抜く女の強靭さを体現し、観る者に希望を与えていく。

 美輪に欠かすことの出来ない“音楽”が、作品にあらゆるシーンに散りばめられているため、野田の我流に寄り過ぎることなく、MIWAに期待する観客の満足感を昇華させる事にも抜かりはない。また、音楽は時代を超え、普遍性を獲得し得るものだということを、まざまざと見せ付けられることにもなる。

 物語は、その時代に生きた人物を克明に捉えていきながら、美輪の生地である長崎における原爆投下の歴史的事実も描くことで、購うことの出来ない大きな時代のうねりを明確に指し示していく。歴史の暗部を掬い取ることで、作品に奥行きと深さが生まれ、美輪は、まさに時代と共に生きてきたのだということがキッチリと刻印されていく。

 想像もつかぬ逆境の中に身を置きながらも、自分を偽らずに前向きに生きることで、美輪は新しい地平を開拓していってしまうのだということが赤裸々に明かされる。強靭なパワーは、常に時代を切り拓いていくものなのだ。MIWAはいわば、そんな開拓者の象徴のような存在だといえるであろう。美輪を描くことで“生きる”ことそのものを表現し得た本作は、生命の普遍性を訴えながらも、生きることの哀歓を忍ばせ絶品であった。


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