劇評119 

俳優陣が放つ純粋な意気とパワー全開の洗礼が、観客に元気を与える良質の悲劇。


 「トロイラスとクレシダ」

2012年8月19日(日) 晴れ
彩の国さいたま芸術劇場 大ホール  13時開演

演出:蜷川幸雄 作:Wシェイクスピア 翻訳:松岡和子
出演:山本裕典、月川悠貴、細貝圭、長田成哉、佐藤祐基、
    塩谷瞬、内田滋、小野武彦、たかお鷹、原康義、
    廣田高志、横田栄司、塾一久、間宮啓行、鈴木豊、
    妹尾正文、岡田正、福田潔、山下禎啓、井面猛志、
    星智也、谷中栄介、鈴木彰紀、尾関陸、田中宏樹

  

場 :  ロビーには物凄い数の花が並んでいます。旬のルーキーたちが大挙して出演しているからなのでしょうか。劇場内に入ると既に緞帳は上がっており、ステージ上一面にはひまわりが所狭しと立ち並んでいます。なかなか壮観な光景ですね。

人 :  ほぼ満席です。客層は女子比率が高いですね。しかも、20歳代がアベレージな感じがします。やはり、山本裕典ら出演者のファンたちが多いのでしょう。賑々しい雰囲気が会場内を覆います。

 若い俳優が真っ向からシェイクスピアに挑んだ清々しさに溢れた本作は、蜷川幸雄の指導の後が見て取れる、蜷川シェイクスピア学校のワークショップ発表公演とも言えるような生真面目さに満ちている。

 また、彩の国さいたま芸術劇場で展開されているシェイクスピアの「オールメール」シリーズとしては初の喜劇ではない演目であるが、悲劇へと雪崩れ込む展開の中においても、女性を演じる男優に佇まいに全く違和感はなく、すんなりと物語を受け入れることが出来ていく。迷うことなくシェイクスピアにぶつかっていく男優陣の姿勢に、観る側の視線からも邪念が振り払われ、皆が演じている役柄の表層ではなく、その奥にある“核心”部分が透けて見えてくるようなのだ。

 舞台はトロイ。現在は、ギリシアとの戦争が日常的に続いている時代にあるという設定だ。王子トロイラスは叔父のパンダロスに頼み、神官に娘クレシダとの仲を取り持ってもらうよう画策する。クレシダもこの縁談は満更ではないのだが、簡単には落とされまいとトロイラスを焦らす女心の駆け引きが面白い。戦争を背景にしたラブストーリーかと思いきや、物語は意外な展開を示していく。

 なかなか上演される機会の少ない戯曲であるが、示唆に富んだシニカルな視点で、世の理に切っ先鋭く斬り込む物語展開にグイグイと引き込まれていく。多くの矛盾を抱えながら、正解を明確に提示しないという流れが、様々な価値観を有する混沌とした現代の世相にオーバーラップしていく。

 愛を誓い合った二人であるが、敵国に捕らえられた捕虜との交換条件で、クレシダをギリシアに引き渡さなければならない事態に直面することになる。しかし、二人はここで「ロミオとジュリエット」のように愛を優先させることなく、悩みながらも国の決定事項に従うことになるのだ。この理性的な対応が、何ともリアルである。感情を押し殺し、世の習いに身を任せる姿に、知らず知らずの内に、その姿を観る己の心情を合わせ鏡のように投影させていくことになる。早々、冒険的な行動が取れる訳がないのだという心理が、痛い程胸を突いてくる。そして、この悲劇が、また、新たな悲劇を巻き起こしていくことになる。

 ギリシア陣営へと向かったクレシダの様子を、トロイラスが物陰から伺うことが出来るチャンスが訪れる。そこで、トロイラスが、敵の武将ディオメデスのモーションにあまり嫌な素振りも見せずに応えているかのようなシーンを、トロイラスは目撃してしまうことになる。

 不実の代名詞のようにも唱えられるクレシダではあるが、ここでは、体裁良く相手をあしらっているという風にも見える体で、クレシダの実際の思いはどうであったのかということは、観客に想像させる余地を残した描き方が成されている。物語のある意味肝に当たる部分を、どう読み解くのかという仕掛けも観客に委ねられており、なかなかスリリングである。

  タイトルロールのトロイラスを演じる山本裕典は愚直なまでに真っ直ぐに、この役柄に取り組んでいるのが伝わってくる。但し、もう少し逡巡する思いや悩みなど、内に秘めた思いの部分がクッキリと浮かび上がってくると、人物造形にもより深みが出たのではないかと思う。月川悠貴演じるクレシダの、物事を達観して捉えているかのような視点が何とも面白い。あらかじめ、何かに期待しないというか、諦めているかとも思える様は、特権階級の女性特有の、自分の力だけでは自分の人生ですら自由にならないという意識が身に沁みているかのような在り方なのだ。故に、不実であるかないかという解釈も謎のまま提出されることとなる訳だが、その曖昧さが破綻することなく収束していくパワーを放っている。

  アイアスの細貝圭の小気味いい単細胞振りが面白い。笑いへと誘うキャラクターに持ち込む手腕に、今後の期待も高まる。長田成哉のパトロクロスのお稚児様的存在は、存在感ある武将アキレスを造形した星智也とのコンビネーションはいいが、もう少しパトロクロスという人物の個性を感じたかった。パリスの佐藤祐基は実直な部分の他に、色香を放つようなオーラが染み出るような感性をもっと搾り出して欲しい気がする。塩谷瞬は高貴さを感じられる存在ではあるが、演技が硬質なため、ディオメデスの真情にまで到達出来ていなかったようだ。少ない出番ながらもカサンドラを演じた内田滋は、変に女性らしく振舞うことを切り捨て、理解されぬ預言者の心の叫びを体現し、心象にクッキリと残った。

  脇を固めるベテラン陣は鉄壁に様相であるが、パンダロスを演じる小野武彦の寛容さ、シニカルな序詞役テルシテスを演じるたかお鷹の、物語からのいい塩梅のはみ出し具合が、作品をグッとふくよかにしていた。

  英雄たちのサイドストーリーとも言える本戯曲の粋を汲み出し、旬の俳優陣が現代とのブリッジ役を果たすことで、古代の物語が現代の寓話として甦えらせることに成功したと思う。俳優陣が放つ純粋な意気と全開のパワーの洗礼を浴びることで、観る者に元気を与えることが出来る良質の悲劇であった。