劇評198 

人形浄瑠璃と現代の偉才のコラボが開花する瞬間に出会えた幸せを感じる逸品


 「其礼成心中」

2012年8月12日(日) 晴れ
PARCO劇場  14時開演

作・演出:三谷幸喜 
出演:竹本千歳大夫、豊竹呂勢大夫、豊竹睦大夫、豊竹靖大夫、
    鶴澤清介、鶴澤清志郎、鶴澤清丈、鶴澤 清公、吉田 幸助、
    吉田 一輔、吉田 玉佳、桐竹 紋臣、桐竹 紋秀、吉田 玉、
    勢、吉田 簑紫郎、吉田 玉翔、吉田 玉誉、吉田 簑次、
    吉田 玉彦、吉田 玉路、吉田 簑之

  

場 :  PARCO劇場で文楽を観ることになるとは思わなかった。三谷幸喜氏の飽くなき挑戦には脱帽します。ロビーには贈られた花が沢山飾られています。ロビーに人はあまり滞留していないですね。皆さん、席に着かれているようです。場内に入ると、舞台には定式幕が下ろされています。

人 :  ほぼ満席です。客層は文楽を観に行かれている方々が多いような気がします。年齢層は50歳代がアベレージな感じです。若者比率は少ないです。男女比は半々ぐらい。ご夫婦での来場者が目立つのも特徴的です。

 開演時間になると三谷幸喜の人形を携えた人形遣いが客席の最前列に登場し、携帯電話を切っておくようになどといった観劇前の注意事項が、三谷幸喜の声が流れて語られていく。前説的な効果も醸し出し、会場が和やかな空気感に包まれ、一体感が生まれていく。

 「其礼成心中」というタイトルが「曽根崎心中」を彷彿とさせるのは、三谷幸喜の意図であることは観る前より明らかだが、物語は近松門左衛門の「曽根崎心中」が大評判を取った後の、天神の森が舞台となって展開していくことになる。人形浄瑠璃の傑作に胸を借りることにより、三谷版人形浄瑠璃は、観客が新作に接するハードルを一気に下げていく。既に知ったる馴染み深い物語を導入としながら、人形浄瑠璃の世界にスッと入り込んでいくことが出来る戦略だ。

 それにしても、三谷幸喜は、こうも果敢に毎回、新しいことに挑戦し続けるのであろうか。人形浄瑠璃は、昨今、新作が発表されることはあまりないジャンルであるが故に、ある意味、厳しい批評眼に晒されるリスクも抱合していたに違いない。しかし、既に成功を収めているカテゴリーだけに留まることなく、新しい公演の度に新たな地平を斬り拓く三谷幸喜のアイデアとパワーには脱帽させられる。

 時は元禄、「曽根崎心中」の大ヒットにより世に心中ブームが巻き起こり、自らもおはつ徳兵衛のように最後を遂げたいという恋人たちで大賑わいの天神の森だが、曽根崎の人にとってははた迷惑な話。心中の地として有名になることにより、かえって一般の人々は近寄らなくなってしまい、商売上がったりの状態になっているのだ。そこで、饅頭屋を営む半兵衛は、天神の森にやって来たカップルたちを心中させないよう邪魔し始めることになる。

 心中ものかと思いきや、心中を巡る喜悲劇という顛末に意外さを感じつつも、ついつい大笑いさせられてしまう。しかも、普通の舞台劇のように、どんどんと話が進展していくため語られる台詞の量は膨大だ。太夫の方々を始め、三味線、人形遣いの皆さんは、フル回転だ。しかし、至芸を堪能させつつも、テンポがスピーディーなため、観客が決して飽きることない展開を示していく。

 ここに古典芸能の退屈さはない。人形浄瑠璃という手法で現代劇を描くという、今までにない新しいアプローチが、実に新鮮な印象を与えていく。

 人形の動作にも惚れ惚れしてしまう。見ているうちに、だんだんと人形が人間に見えてきてしまうのだから面白い。一体につき、3人の人形遣いが付いているのだが、その姿も気にならない程に、人形と一体化してしまっているのだ。動作なども、つい前のめりになってしまうようなたおやかな色香を放ちつつも、物語展開のテンポに合わせ、驚くようなクイックな動きなども織り交ぜていくなど、その緩急自在な様相からだんだんと目が離せなくなっていく。特に水中のシーンのダイナミックさには、正直、愕然とした。

 物語は心中する恋人にフューチャーされることなく、饅頭屋の半兵衛とその家族の顛末に焦点が当てられていくのだが、あれよあれよと間に流転していく様は、二―ル・サイモンのシニカルな喜劇を見ているかのようでもある。人情劇なのだが、アイロニーがタップリと染み込んだドライな感覚なのだ。その諦観した視点が、また、作品に普遍性を付加することにも繋がり、独特の世界観を形成していくのだ。

 いやあ、面白かったなと余韻に浸っていると、カーテンコールで、さらにビックリ。数人の人々の物語であったはずなのだが、こんなにも多くの人々によって、作品が作り上げられているのかということに驚愕した。人形浄瑠璃という伝統芸能と現代の偉才とのコラボが見事に開花する瞬間に出会えた幸せを感じる逸品であった。