劇評190 

蜷川演出が演劇の新たな地平を切り拓いた秀作。

「海辺のカフカ」
 

2012年5月12(土) 晴れ
彩の国さいたま芸術劇場 大ホール  18時開演

原作:村上春樹
脚本:フランク・ギャラティ
翻訳:平塚隼介
演出:蜷川幸雄
出演:柳楽優弥、田中裕子、長谷川博己、柿沢勇人、
   佐藤江梨子、高橋努、鳥山昌克、
   木場勝己 / 新川将人、妹尾正文、多岐川装子、
   マメ山田、堀文明、TROY、みほ、景山仁美、
   深谷美歩・浅場万矢(ダブル)、
   土井睦月子、手打隆盛

場 :  ロビーには役者・演出家などに贈られた花が所狭しと立ち並び、華やかな雰囲気が漂います。劇場内に入ると、舞台前には緞帳は下りてはいませんが、漆黒の闇が広がっています。これも演出の一環なのでしょう。吸い込まれるような暗がりを見ながら、しばし、開演を待つことになります。

人 :   ほぼ満席ですね。やや女性客が多いようです。その要因は、昨今、TVなどでのメディア露出が多い長谷川博己か、根強い柳楽優弥ファンか、元四季の柿沢勇人、故か!? 少々、ですが、観客席が微熱を帯びている感じがしました。

 劇場内に入ると舞台上は漆黒の闇。観客はその闇と対峙することを強いられる。「海辺のカフカ」の世界へと観客を誘う、シンプルな仕掛けに心が惹き付けられていく。

 舞台がスタートする。新緑の植栽が植えられた幾つもの大きなアクリルケースが、人の手によってゆっくりとステージ上で交差する。そして、舞台奥から、水槽の中で胎児のように足を屈伸して眠っている柳楽優弥が現れ、そして、また、その場を離れていく。何とも幽玄な世界がそこには立ち現れ、「海辺のカフカ」の独特の世界観が創造されていく。何故か、だんだんと心が癒されていく自分を自らが感じ取っていく。

 物語は時間や場所が交錯し、具体と抽象が混在していく。しかし、物語の意識化では、まるで1つの個体として全てが繋がっているかのような共時性を孕みながら、様々の時空に生きるそれぞれの人々は、その場にスクッと聳立している。

 村上春樹の小説の枠組みは崩さず舞台は展開していく。だが、小説では主人公カフカの贖えぬ運命でもあった、母を犯し父を殺すという「オイディプス」的要素が本作ではやや薄まり、原作を租借してまとめることに腐心した脚本に仕上がっている。過不足なく散逸するエピソードが上手くまとめられ、原作のイメージを壊さず踏襲していく。

 正直、この「海辺のカフカ」の世界に酔ってしまった。登場人物たちが語る台詞は、読み物としては成立しているものの、実際、言葉に出して言ってみると、まるで朗読をしているかのような違和感を与えるきらいもある。しかし、その言葉を生身の俳優の身体の中に通しつつ、アクリルで隔てられた小宇宙空間を幾つも可視化させていくことで、それぞれの世界に生きる人々に、リアリティーある透明感を付加させていく。

 現実の世界から少し乖離した次元へと物語を昇華させていくことにより、観る者の意識も浄化され、癒されていく感じがするのだ。この、たゆたうような緩やかな自然さは、従来の演劇の外連味とは一線を画すが、確実に新たな演劇的表現を獲得していると思う。蜷川演出が、こういう切り札を持っていたとは驚きだ。

 中越司の精緻で美しい美術も特筆すべきだが、服部基の照明は舞台に異なる時空の空間をくっきりと描き出し驚愕した。一直線にステージへと下りる数多くの光のラインが、“時”の竹林のような効果を発揮する。カフカたちが、まるで、運命の潮流の中を浮遊しているかのような、酩酊感に襲われるのだ。前田文子の衣装の質感やカラーの配し方の絶妙さは、作品に低温度の熱量を振り撒いていく。

 カフカの柳楽優弥は、その存在がピュアであることにより、カフカに生り得ている。無駄のないストレートな演技が、観客との間にしじまを共振させていく。田中裕子が役を生きるその存在の在り方が、作品に決定的なトーンを与えていく。あらかじめ諦めているかのような、それでいて救われたいと求めているかのような、運命に翻弄されつつもそれを享受し逡巡する様が心に突き刺さる。

 木場勝己は表裏のない純粋さを保ちつつ、茫漠と拡大した物語の手綱を掴み暴走に歯止めを掛ける。長谷川博己は原作の大島そのままに、一筋縄ではいかぬ役どころをキッチリと演じきる。佐藤江梨子の包み込むような優しい存在感、柿沢勇人のシニカルで抽象的な現実感、鳥山昌克の明晰さ、高橋努の大らかさなどが、見事に共鳴し合いヒリヒリとした痛みを共有していく。

 一人の少年の冒険譚とそれを取り囲む人々の様々な愛をこの混沌とした現世に提示することにより、観る者に救いを与え心揺さぶる傑出した作品に仕上がったと思う。独創的なビジュアル創造や、硬度の高い原石のようなキラキラした台詞たち、そして、役柄を凌駕して普遍的な位置にまで存在感を高めた俳優たちの力を引き出し、見事に開花させた蜷川演出の手腕が、演劇の新たな地平を切り拓くことになった。秀作だと思う。